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yaya

選出作品 (投稿日時順 / 全2作)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


夜中に娘がひどく咳き込み

  yaya

夜中に娘がひどく咳き込み
目を開けないままで引きつるようにして泣きだした。
妻は娘を抱きかかえ居間に移動し
コップのお茶をストローから飲ませようとしているのだが
娘は泣いたままでストローを口に含もうとしない。
僕は先ほどから耳元で飛びまわる蚊の羽音が気になって
手で振り払いながら、そんな妻と娘の姿を眺めているのだけれども
そのうちに指先が急に痛痒くなってきて
イライラしている。

熱い夜
妻は先程まで裸で、恍惚とした表情を浮かべていたのだが
抱きかかえた娘の背中を叩く音が次第に
きつくなっていくのが分かる。
月のものが終わりかけで
さっきまで食べていたチョコレートの残りが
テーブルの上にそのまま置かれていて
僕もひとつ食べてみたのだが、それはもう甘く溶けかけている。
すぐにナッツの違和感が舌にでこぼこと伝わってきて
これをこのまま噛み砕いてしまってよいものか
しばらく口の中でもてあましている。
チョコレートを包んでいた透明なフィルムが
夜中につけられた蛍光灯の光をキラキラと反射し
さっきまでの恍惚とした妻の顔を僕に思い出させる。

ふと見ると、僕の人差し指に溶けかけたチョコレートがついていた。
きっとフィルムをはがした時にでもついたのだろう。
チョコレートのついた人さし指を静かに舐めると、
忘れかけていた指先のかゆみが僕の手の全体を支配した。

娘はまだ泣きやまない。
喘息の娘は時折こうやって、私たちの生活に無造作に入りこみ
居座る。何かを守るように。
そのうちに妻は、僕の方を黙って見て
娘を僕に手渡した。
僕は右手で娘の背中をトントンと叩きながら
その右の手のかゆみと、
口の中に残ったナッツチョコレートとを、
今もどうしたものかと思い悩んでいる。


最後の朝食

  yaya

夜中の二時半にぼくは
ヤクザの幹部になって街の銃撃戦の中
ピストルで撃たれて倒れた
ちょっと痛かったような気もしたし、滲み出す血の色は
紅いような気もした
なんだかよく解らない状況だが
そんなことはよくあることで特別に不思議にも思わなかったのだが
目が覚めた 多分
ほんの一瞬だけ早く
夢も醒めた

目が覚めて不意に震えがきた
別に訳の解らない夢の状況に震えたのではなく、ぼくの経験によると
明らかに風邪の悪寒のそれだった
寒いのでストーブをつけて布団をかぶったのだが
目をつむると何故かヤクザになってしまうので
とりあえずぼくは奇妙な幾何学模様の天井を眺めている
子供の頃風邪をひくと母がきまってトーストにジャムをたっぷりとぬって
紅茶と一緒に持ってきてくれ・・・
と、これは谷川俊太郎の詩にあった一節だったか
独りの空想にまで見栄をはったってしょうがないか
そんな記憶はぼくにはないし
だいいちおふくろを「母」だなんて言ったこともないのだから
しかしトーストをカリカリに焼いてバターをぬってその上に
苺ジャムをたっぷりとぬって
あれはなんとも言われないほどうまいものだ
目をつむるとやっぱりぼくの肩口からは苺ジャムのように紅い血が
ドロっと流れて少し酸っぱい匂いをさせている

このまま夜が明けたら
ティーカップにお湯をはってトーストを焼こう
バターをぬって、苺ジャムをぬって
紅茶はティーバックでもいいから
ベッドの上に座って独りで食べよう
薄れていく意識の中でぼくはそう思った

文学極道

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