夜は水面下で様々な日常があります。僕は驚きあきれながら友人の不貞、息子の足の大きさの変化、昔恋人だった看護師の長い指での影絵などを満腹になるまで味わってから、それを肺でガラス片に砕いていく作業を繰り返します。そこに理由はないようです。効率は求めません。ペースが乱れると酸素不足になりますから。
大きな手が僕の首根っこあたりを捕まえます。そしてブクブク泡吹く僕を巨大な力で持ち上げ、夜明けの北風が荒ぶ海上まで吊し上げます。震えて「だって休日なんだよう」藻掻けば、大きな手は僕を離してくれます。「ヤッホウ」と叫びながら、ポッチャンと暖流の底へ落ちていきます。
二度目の夜は底が浅いようです。足が底につくのでちょっと悪ふざけもできます。若いころの母さんのブラウスに入り込んだり、銭湯の煙突に上ったり、ロケット花火で空を飛んだり。なんたって身体が浮いて、自由です。懐かしいメニューを選んでは、あの日できなかった遊びをするのがお気に入りです。
だけど次第に海が引き潮になるのを忘れていることが多いです。当たりくじだけ抜き取ったり、ビキニの紐に手をかけたり、最後の方なんか怒った上司が出てきて、
ゴン、
頭を岩にぶつけました。海は干上がっています。打ち上げられ、鳥肌が露わになって僕はひび割れた岩場で丸まっています。擦りむいた傷を摩りながら、朝を欺すこともできず、朝。
最新情報
snowworks
選出作品 (投稿日時順 / 全3作)
- [佳] 海中布団 (2009-10)
- [佳] 瞳の奥10センチメートル (2010-01)
- [佳] 警察に通報します (2010-01)
* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。
海中布団
瞳の奥10センチメートル
話をするとき
相手の瞳の奥10センチメートルぐらいを見るようにしています
そしてちょっと長めに見つめます
勇気が要るけど
その方がインパクトあるかな
なんて思いながら
とくに気になる人には
*
目があう人を探していた |鏡を見れば
教室や雑踏の中|もうここにいます
視線はだけど、我侭だから|自分の視線なら
思うようにはなりません|どうにかなります
7月のある日、出会いました|初対面かもしれません
JRお茶の水駅前の交差点|狭い洗面所ですが
横断歩道の向こう側に|そちら側で
僕と同じ探しものしてる彼女|一体どこ見てるの?
目があった時点で|俺?
鼓動が倍になった|驚かすなよ
信号が青になり|見つめあってみようか
歩き始めたのは良かったが|いや だけど
2人とも横断歩道の真ん中で立ち止まった|自分&静止の繰り返し
見つめあいながら|世話がやけます
青信号、点滅して ああ どうしよう|焦っても仕方ない
「ちょっと……おいでよ」|「そこのキミ!」
言葉をやっと胃底から出して|声に出してみる
彼女の手をとった|アナタが一体だれなのか
ゆっくり話すにはいつもの喫茶店がよかった|確かめる
「どういうつもり?」|「アー、」
席について二人の声が重なった|もう一度洗面所に響く
互いの瞳 約10センチ後ろをのぞいて|聞こえてるの? 俺
2つのコーヒーがきた|人の顔は様々変化していく
ブレンドとカプチーノ|だけど他人がみる顔と
僕はカプチーノをとった|鏡で見る顔は一緒なの?
自分がどちらを注文したかも忘れて|考えるほど遠ざかり
彼女は残ったブレンドをとり口をつけた|足掻いたって
「もうやめようよ」|自分は自分だし
「そうしよう」|答えを見つける道のりは
鼓動が半減した|果てしなく
*
話をするとき
相手の瞳の奥10センチメートルぐらいを見るようにしています
どうしてって
少しでも同じ瞬間を共有したいからです
お互いが異なったものを見てるのは重々承知して
警察に通報します
警察に通報します
我慢し続けた30年間は何だったのでしょう
天井に住む蛇
何度殺してやりたいと思ったことか
すべて奪われました
作りかけのバタークッキー
手編みのマフラー
ボーイフレンドとの大切な時間
もう耐えられなくって
ハシゴかけて
出刃包丁持って
天井扉をあけました
警察に通報します
蛇は暗闇に絡みついて11匹はいました
とっさのことでした
光る包丁を振り回して血液が飛び散って
だけど
誰の血液かなんてどうでもよかったのです
これまでどれだけの時間を失ったんだろう
どれだけの私を失ったんだろう
そんな疑問符が宙を横切っていました
警察に通報します
ハシゴの下に卵が割れていました
蛇の子供たちです
我に返ってハシゴを降りました
黄色い亡骸にしゃがみこんで殻を片付けました
彼らの未来をも破壊してしまった
時間は私たちに意地悪ですね
凍えた水道で両手を洗い
ダイアルを回しました
天井にまだ気配を感じながら