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M.C

選出作品 (投稿日時順 / 全1作)

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kisonのためのルポルタージュ

  M.C





黄泉の国、死の国から揺り起こされる、きみ、あなた、おまえ、それ。私の混
乱が、どれほど重く、後ろ暗いのか、私じしんにも想像がつかない。

きみ、あなた、おまえ、それと、私が呼びかけ、呼びかけては愛惜し、けれど
も求めた口や、言葉では確かめることが出来ず、私の絶望は、私が到達する前
に後退してしまう、壊れやすいものたちのために、今も先ばしって声を上げる
ばかり。



私のルポルタージュに於いては、そのような記述が、同義語反復で何度となく
繰り返される。

七日前…、きみ、あなた、おまえ、それを、私はこの世界に呼び戻すことにし
た。私にとっての有りえない韻律、灼けた思念が辿ることの出来る、きみ、あ
なた、おまえ、それ。呼び名がわからないが、逃げ水にも似たいわば痕跡に就
いて、願いのための祭壇に取りつき、私がおこなう所与の行為とは、つぎの通
りだ。




直視を許さないもの。間接光により、その存在を顕わにしないもの。

(私の祭壇には工夫され、凝りに凝った傷ましい装飾がほどこされており、そ
れは光を透過するしろい布きれや、動きまわる蝋燭の光、開くことの出来ない
箱、その箱のなかに隠された箱などで構成される。)

きみ、あなた、おまえ、それ、に就いて考え、ルポルタージュに於いて繰り返
し発話し、理想のなか指、手首のくびれなどを思い浮かべると、恐ろしい、判
読不能な精神の深みから、きみ、あなた、おまえ、それが呼び返してくる。



事実に沿った記述にかえそう。六日前…、祭壇のなかほどに現れたきみの手首
を、私はきつく握り返す。この世に立ち戻ったのは、まだ僅かにそれだけの断
片、名残に過ぎない。きみのなか指はぴくぴく動く。まるできみじしんが、き
みの仕草や考えといったものを、確かめたいのかと思わせるほどに。

(私の呼び戻しを、まるでこの世に返すかのように。)

それでも、息ぐるしさに負けずきみに呼びかけると、予知夢にも似た反応とと
もに、とても美しい、見覚えのある二の腕が現れてくる。動きまわる蝋燭の光
と、しろい布からの間接光に照らされ、ぽたぽた水が、辺りから漏れ落ちてき
て、私のルポルタージュの幾つかの言葉を濡らしている。痛みに満ちた箱、そ
の箱に隠された箱のなかの火影を。



あなたの二の腕が、それ以外の部位の欠落のまま、不器用に、或る意味で浅ま
しいほど、ぎこちなく、撫でてくる私の髪の毛。間接光が交差する目前の虚空
に、まもなく蝋燭による大きな虹が生まれ、それはあなたの抱くという営為を、
下支えしている。



四日前…、おまえの胸までを生成して、失敗した。薄弱な乳房は、私の記述に
そぐわない。私はかき消す。遥かな思い出と、果実とでなる有限の乳首を。私
はそこに、溺れたいとは思わないし、何よりあまりに若すぎる。消去されたお
まえの器官は、黄泉の国、死の国へと溶解して、退嬰し、幽かなわらい声を漏
らす。

十分にそれを聞いて、精神の高鳴りにまかせ、或いは私の不安、うる覚え、後
悔などを二重写しにして、新たなおまえの肩、腋、胸、あばら骨までを、同義
語反復さながらに呼び戻した。



(そいつの脚が、現れた。その形状の生々しさといったらない。祭壇の間接光
が上から下から、斜めから照らし出し、すけた内腿、秘めた部分も顕わに揺れ
ている。私は、いつしか手を休め、蝋燭じしんのてかてか輝く炎、それが絶え
ず動かしている影、震えによる干渉、祭壇のなかほどで、脆い腹部を波打たせ
ているそいつの像に、なす術もなく翻弄されていく。)

(皮膚の肌理の、狂おしさといえば、どういえばいいのだろう。私の繰りごと
は、甘くなり、そいつの足首、そいつの血、そいつの指の、こまやかな足爪の
火照りに驚きを禁じえないが、その驚きは、私のものだろうか。)



トルソー、と記述してみて、ぞっとする。私が呼び戻そうとしているのは、死
体に似た、人形なのではなく、写し身に似た、死体なのかもしれない。頭部を
除いて、完璧なまでに回帰したそれは、祭壇のなかほどで風を受けている。ふ
らふら、影がざわめく。

私は、二日前…のことを、思い出すことが出来ない。それはもはや自立してい
て、首のない全身で、私の頭をそっと抱いてくれて、二の腕の手つきは、かつ
てと同じくらい険しく、不確かで、その胸は豊かに息づき、腰高の長すぎる脚
は、この世の貧困を写し取るようだ。私は何度も、首をなま首をと、呼びかけ
を続け、それを断念したか記憶がさだかでない。

私の不幸は、きみ、あなた、おまえ、それ、による絶望を、その絶望のままに、
愛惜していることだろうか。



昨日…、きみ、あなた、おまえ、それは、私の祭壇を夥しく、まるで暴風雨の
ようにもの凄く飾って、屹立した。現れたその首は小さく、形状のバランスや、
表情、眼差しの調和が取れていて、とても美しかった。



(きみ、あなた、おまえ、それは、言葉のあてようもなく浅ましかったが、そ
の顔に現れた表情の曇りを、どのように理解すればいいのかわからない。かけ
がえのない、不可逆のペルソナ。伏せ字のものたちを。)

私のルポルタージュは、もうどうにも燃え尽きそうだ。暴風雨が、目前で息を
吹きこぼす他者を、かけがえのない機関を揺らし、私をも震わせている。尽き
かけた或る記述には、きみ、あなた、おまえ、それとの、初めの会話が記され
てるが、私に確かめることが出来るだろうか。

否、それに対応する言葉を、本当に、見つけることなど出来るのだろうか。



黄泉の国、死の国から揺り起こされる、きみ、あなた、おまえ、それ。この世
界に、深く、驚いているきみの眼差し。この世界を、断固、拒絶して止まない
あなたの暗い眉。調べを、聞き取ろうとするおまえの耳たぶ。見え隠れしてか
たく光る歯。猶もこの世界に就いて、緊張をやめない、それの首、それの弓な
りの頤、それの混乱の全体。

今日…、私は触れる。きみ、あなた、おまえ、それに。

きみ、あなた、おまえ、それの表てに、私を求めるのか、嫌悪するのか、考え
込むのかわからない反応が現れ、それは引き潮のように輪郭を後退させて、私
のルポルタージュを、蝋燭でいっぱいにする。炎の気配で、息も出来ないほど
に絶え絶えにする。



私の祭壇では、むすうの蝋燭が騒ぎ、風と雷鳴とに打たれ、総毛だち、或るも
のは欠落し、或るものは凍えている。またぽたぽたと、ルポルタージュに於け
る幾つかの言葉が、濡らされ続ける。私はこうした驚きが、もう何度目になる
のか、数えることすら恐ろしくなっている。

(きみ、あなた、おまえ、それは、あの、光を透過するしろい布きれの、有り
もしない装飾の向こうにいる。)




否、そこにはいない。箱のなかの箱が顕わになり、箱のなかの箱、そのなかの
同義語反復が、私の祭壇をどんどん、太らせていく。美しい、謎。とても手に
負えない、そういった痛みに、対応する箱のなかの言葉。きみ、あなた、おま
え、それが、生まれながらに持つという。

文学極道

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