#目次

最新情報


LEK

選出作品 (投稿日時順 / 全1作)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


偽果

  LEK

とじこめられている火が、
いちばん強く燃えるものだ。      - ウィリアム・シェイクスピア -





願ひ置きし花の下にて終りけり
蓮の上もたがはざるらむ        - 藤原俊成 -





国道からみた町の景色は慌しく、走り去る自動車の排ガスによってスモークされ、くすんでいた。膨張していく暖色が今日をほんの少しマシなものにしたあと、次第に冷えて色を失っていく。影は支配からの脱却を試みていた。斥力と引力で均衡していた、存在は夜毎、痛みを求めてさ迷い出す。斥力と引力の関係で感覚を失う均衡は崩れるように傾いて、陽が落ちる。母の夜泣きが、始まった。





密度の低いグラデーション
真冬の層の上澄みは
光を反射させる
こともなく
まだ閑散とした
駅前の早朝に
降ってくる
降ってくる





高齢だった母が死ぬことはもとより決まっていた。いったい何を恐怖の対象とすれば良いのか。いったい其処に何を見れば良いのか。熱のない手で撫でれば善かったのか。数限りない愛すべき偽証に罪を認めれば善かったのか、もう分からない。そこに罰も望めれば救いも在ったかもしれないが、もう疲れてしまった。少し眠りたい。けれど、壊れているんだ。睡眠を司る、部位が。





息苦しくは無い筈です、
真っ赤に爛れた金属が、
大量の酸素を含んで居るから、
何度も叩いて硬くする、
何度も叩いて硬くする、
其処で大きく吸えば好い、
其処で暫っくり舐れば好い、





疑うことしか知らなかった。水を遣り過ぎた。人を愛せだなんて、勝手だよ。花弁に修飾された女の顔は仮象だ。もうみたくない。剪定された枝を眺めていた、数えていた。次は何処を切り落とすのか、無駄な部分は無い筈なのに。大事な部分は最後がいい。思い出のある場所は最後にしよう。





捲って下さい(愛してください)
破って下さい(愛してください)
捩って下さい(愛してください)
毟って下さい(愛してください)
擦って下さい(愛してください)
舐って下さい(愛してください)
齧って下さい(愛してください)
姦って下さい(愛してください)
抉って下さい(愛してください)
啜って下さい(愛してください)
喰って下さい(愛してください)





完璧なモノにしか興味がありません。
あなたたちの完璧をわたしに示しなさい。
許されているのは、それだけです。





この雨を構成する慰めがアスファルトを黒く染めていく。森に埋めるように、海に沈めるように、溶かすように、殺しきれなかったのだ、この感情を。苦痛を伴う刷新が意味のない延長ならば、ぬるくなったコーヒーを飲むしかない。間違いもうつくしい、と誰かが云った。それならば醜い歪もまた赦されるのか。涙は感情によって成分が変わるという。感情の発露によってうまれた副産物がしょっぱいことには意味がある。意味がなくちゃいけないんだ。感情とは一番遠い場所から痛みが。苦過ぎて飲み込めない。涙は感情を理解できない。だから、何かになり損ねた色のために。手向けられた昨日のために。涙が涙であり続けるために。雨のようなサラサラ、いくつもの、足が濡れ、ひろがる、黒い染み一つ、またひとつと、消えて、





試しにあ
るとき愛
ってやつ
を切り刻
んでみた
ら特殊効
果みたい
に中身が
噴き出し
てそれか
らそのあ
と断面の
組織にな
にがみえ
たとおも
う?





小さい花はたくさん並んで、守ってくれていた。わたしは頻りに慄くのです。ホンモノよりも美しい、おおきく、ちいさな、花が並んで。ながくて、みじかい、ニセモノたちに囲まれて。造花が吐き出す感情の、内側を組み変えていくその仕組み、宛名の不在を善いことに、痕跡が不可思議な形状で集合していた。見るものすべてをまどわせる、その集いに加えてもらえはしませんか。





燃え差しが、
冬の匂いを、
少し焦がして、





いつも死に向かうときの気分で顔を洗い
コーヒーを淹れ
トーストを齧って
靴を履く
それは
決まっていたことなんだ
つまり
決まりきったことなんだ




 大事なものを
  悉く火にくべて
 炎になるまで
眺めていよう





言葉に傷つき、言葉に癒される。母が何かを、呟いている。
流れる血液には鋭く鈍い痛みが伴うとしても。母が何かを、呟いている。
言葉だけがもつ作用。言葉は血より濃いという。その都度話を訊いてほしい。母が何かを、呟いている。
最も色濃く表出するもの。呪詛のように渇望するもの。母が何かを、呟いている。





ちょうど半分
 手放して
  此処は随分
 あかるくなった





最近、遠くをみつめることが多くなった、母が頻りに頷いている。
最近、めっきり、耳の遠くなった母が。





闇が燃えていた。この見知った狭い部屋の中心で、 (この闇に果てというものがあるならば、) 普段は厭なものばかりを見せるあかるさも、今は馴染んですこし薄暗く。静寂と盲目から派生した、感覚の不和を導くための澪標などあるはずもなく、炎は熱を手放すことで理想に近づく。かつて失われてしまったもの。はじまりだったもの。寄せては反す、闇が、 (この圧倒的な質量の、) 暴力が悪意をもって喉元を圧迫している。闇が口を空けている。炎が法則に従っている。深淵は虚無に満ちていた。低い温度の誘引でパチパチと、液化した気体が爆ぜながら染みをひろげていく。原初の海や古い庭先、光をため込む鍾乳洞の、構造に似た襞に絡みつく、不快を伴う類の匂いは時間を沈殿させ、固着させ、晶出させる。視覚の内側、感覚の背中越しに生じた、揺らぎはなにかを訴えていた。闇と闇の親和性。希望に熱があったなら瞬く間に奪われて冷たく転がる。終わるときはいつだってこんなものだろう。鬼火のような矮矩の揺らぎが、近くに、遠くに、みえる。影が、一段濃い暗闇に潜んでこちらをみやる。妙に明瞭な闇と窒息する程の粘質的な闇と、闇と、闇が。この見知っていたはずの狭い部屋の中心では、 (ほんとうにここを“へや”とよんでよいのかわからぬままに、) 闇と闇は競合していた。互いが互いを滅ぼすために。欠落していた、剥落していた、減少した感覚子で、激しく沈黙する虚無をみていた。希望のような岸辺に求めたもの、闇と罪とを共有していた。赦しのために背負われた、内罰的な痛みを抱えて。闇と罰とを享有していた。断続的な痛みが感覚を作り替えていく。闇と闇とが共存していた。大事なものは燃えてしまうものばかり。いつも火は絶やさないでいてくれた。愛していてくれた。闇が、燃えていた。いや、違う。燐と油が、燃えていた。

文学極道

Copyright © BUNGAKU GOKUDOU. All rights reserved.