たとえばバングラデシュの女学生が焼死した話をしたとして君は咥えた花の蜜を吸うハチドリのことを気にするだろう。Kindleのタッチパネルを淡々とたんたんと暗澹たるダルメシアンのような面構えで叩く僕のことなんか本当にどうでもいいように緩慢な半とろけの時間のなかで。「どうでもよくなんかないわよ」さくっと柘榴の実を割って君はなんだって千里眼て顔をしてくりくりとつぶらな複眼で僕を胎臓界曼陀羅じみた万華鏡の遍在へと視界する。「そんな顔してたし」眉間に皺寄せ見るニュースによるとどうもノートルダム大聖堂が案外となんとかなりそうな気配に安心し新デザインの公募に君を模した聖母子像を意匠したいと思いつつ言葉にはけして出さない。もうdancyuに夢中で僕なんか眼中にないって風な意識の寒中水泳めいた風情の視線で瞑想風読書に耽る君だってこんなことお見通しなんだもん。メリーアメンラーチキンラーメンだーとなんか今しがた思い付いたエジプト風インスタントラーメンの架空のコマーシャル・ソングをホーミーの複声で歌いながら僕は聖堂の素描を手帖に描く。バラ窓に燃え盛るステンドグラスの君の口にそっと花を挿してみる。ガーゴイルは恋をするのか? 僕にそれはわからないが少なくとも僕は君のガーゴイルだ。「あ」君のはっとした「あ」の発音が撥音で張り詰めた世界がぱんっと割れて裂け目が出来たテーブルから発酵した菌糸様の世界線が伸びる。するとするっとするするっと僕と君の分身をひとつずつひとつずつありとあるあらゆる世界の朝に導く。じゃあまたねと僕はあらゆる世界の可能態の大聖堂の素描のノートをあらゆる形で分有したまま記憶の底に沈み沈んで今迎えてるこの朝。
選出作品
作品 - 20200316_423_11758p
- [優] 朝、大聖堂の素描を持って。 - NORANEKO (2020-03)
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