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作品 - 20200203_979_11701p

  • [佳]  約束 - いまり  (2020-02)

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約束

  いまり




止まった時計が渇望して動き出す
それはチクタクなんてもんじゃない
百年止まらない独楽のよう
真っ黒な苦い液体を飲み干したらただのブラックコーヒーで
夜と相容れないわたしは
やっとげんなり出来た


接木しておくれよ腰骨のあたりに
触れないでおくれよ滑らかな眼差しに
どうしようもない掠奪が折り紙のように千切れていく
溶接しておくれよ眼球の裏に
だからと言ってあの5月が
精算されて返却されるわけはない盲目さ加減
ととと、れ、レシートだ、
百円玉8枚、一円玉5枚、
ひとつかみで口に放り込んでがりがりと咀嚼する
初めてつけた髪飾りの思慕を嘔吐するために
最後に伝えたあの輩への警告を記憶ごと排泄するために


わたしはわたしでなくなり
わたしでなくなったわたしが
わたしに似たわたしに会う
わたしに似たわたしは再びわたしになり
もうひとりのわたしに会う
何人でもわたしに会う
鏡はない、絶対にない、あってはならない、
思いのほか美しいことを夢見て
わたしはわたしに埋れていく


たった今鳩尾のところで白い指が泣いて8月を殺した
結局は足の親指の痣から花の咲かない茎が伸びて10月を裏切った
太腿の跡を辿ればいつかは2月を呼び戻せるのか
何年経っても変わらない、変えられない、
前兆だけが笑い続けている化け物め
眉を剃るから返してくれよ
セロテープで貼っつけるからさ


歯が抜け落ちるように無数の9月が脱落していく
行方不明の5月は井戸の底で山羊と子作りをしていた
一番星に目が眩んだ12月が氷の張った湖の下で息を引き取る
絵の無い画集を開いて雨が降るまで見とれていた6月は
全てを味方につけた11月に連れ去られて来世で1月になる


信用出来ないということはそういうことだ
圧着しておくれよ脛骨のあたりに
足りない何ヶ月かを拾い集めて
順番通りでなくてもいいから一年に仕立てたい
外から見ても格好がつくように


あと何月か足りないのに
5月が2人いる
ととと、れ、レシートだ、どのレシートだ、
たくさんいすぎて見分けがつかないわたしの
どれか1人が受け取りに行くから
1人くらいは1人で歩けるから


死んだわけでもないのに
脱線したところで生きているふりをしている


生きているかは定かでないが
浮遊しそうで出来ない余韻に阻まれている