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いまり

選出作品 (投稿日時順 / 全6作)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


屋上

  いまり

エレベーターが
うろこ雲を突き抜けていく
ぼくは記憶を
一枚ずつ脱ぎ捨てていく
屋上を求めて

最後に誰かを幸せにしたのは
いつだったかを考える
そんなことは
一度もなかった気もする

空気が薄くなっていく
いつか誰かを愛していた
昨日の天気も
もう思い出せない


善い人

  いまり

01

コーヒーに浮かぶ
昔の人
空は子どもが
上手に切り取ってしまった

自分の仕草を
嫌いになるとつらい


02

わたし、は
あなた、だった

あなた、は
どこ、にいたのか

目のないサイコロは
転がりつづけている


03

当たりくじを引いたら
明日は晴れ
夏しかなかった事実は
とっくに埋葬した


04

ねじがはずれても
丁寧に続けていた
何かの拍子に思い出して
ぬるま湯を飲み続けた



05

なにもない、が
確かにあった

行き先は八年前に忘れた
ふたり睦まじく
萎んで


06

あなたのなかに
善い人はなかった
鏡に映すまでもないから
正しくなろうとも思う

わたしも善人でなければ
もう飲み干せるのだけれど
つぎの一滴が
なかなか落ちてこない


  いまり

それはどこの国の地面でもないのかもしれない、果たして太陽などあるのだろうか。ひとつの芽が土のかたまりを押しのけて、空に向かおうとしている。あらゆる瞼は閉じられ、すべての睫毛は伏せられている。そこにこめられた願いなど無いのかもしれない。命が、芽吹こうとしている。


Rさん、高校の卒業式の日に母親
が自殺した。結婚して五年目の
秋、そのことを夫に打ち明けた。
晩ご飯はハンバーグ、ケチャップ
の赤をみつめながら、彼女はお
母さんになりたいと言った。寒く
なってきたね。寒くなってきた
ね。今夜のハンバーグ、いちば
んおいしかったよ、ありがとう。


芽は双葉になる。懐かしい記憶など無く、求めるすべなどもたない。誰かが笛を鳴らしたような音(ね)、いずれにしろ何もかもが足りない。すべての腕はふりおろされ、それに繋がるすべての肩は無数の地平線となる。悲しいというのだろうか、雨雲が立ち込めてきた。きのう、という言葉などまだ知らない空に。


H君、新卒で入った会社を半年
で辞めて三年、一歩も家の外に
出なかった。犬が死んでも泣か
なかった。父が倒れても見舞わ
なかった。けれど奥歯が痛くて
歯医者に行った。両親にいちご
大福を買ってかえるとふたり
は泣いていた。これでよかっ
たのかもしれない。もうがんば
らないよ、ありがとう。


芽は伸びつづける。茎は太く葉は青く、なにかに耐えつづけたかのように成長をとめない。降りしきる雨のなか、すべての指はさす方角を持たぬまま、あらゆるこぶしとなってかたく握られる。問いを投げかければ片端から礫になるような力強さ、時は伸び縮みを繰り返しながらしだいに意味を失っていく。


Sちゃん、四歳を過ぎてもこと
ばをしゃべらず、水の音がきこ
えるとなりふりかまわず泣きじゃ
くった。こわいものとゆるせな
いものしかない世界で、どれ
だけふりほどいても抱きしめて
くるひとがいた。ある日ふいに
つぶやいてみる。ママ。そう、
ママよ、ママはここよ。もうど
こにもいかない、ありがとう。

*

明日は
叶わぬことに満ちている
未来は
どんなひどいことだって起こりうる
生きていくことはなぜ
こんなにも果てがないのだろう
わたしたちのありがとうすら
またかき消されてしまう
かすかな風さえ吹けば
なにごともなかったかのように


花はいつか必ず咲く。どこかでだれかがありがとうとつぶやけば、つぼみはまたひとつ色づくだろう。そのことを誰も知らないのに、想いだけがしずかに降り積もる。きぼう、という言葉など知る由もない空から。







見守る者など
いるはずもないのに
どこかでまた
笛の音がした


  いまり

羊を交わした夜
あなたに二秒だけ恋をした
熱が冷えたあとには霧が立ち込めて
なにも見えなくなってしまった


インクの滲んだ手紙のそばで
導火線だけが燃えている
どこにも繋がっていかないのに
やがて爆発するのだろう


コインの裏表は
あなたが当ててください
わたしはもう知っています
あなたが定めてください


言いなり

  いまり




ねえ頭に思い浮かべた魚とほんとうに存在
する魚とどっちがなまなましいのふたりで
こんなことになって


ねえまた飛び跳ねてるの、なにが飛び散る
はずなの、生まれるまえはえら呼吸だった
し魚みたいな形してたでしょう


あ、あ、何をすればいいの
あ、あ、何て言えばいいの
望まれたことならなんでもしてあげたいけど
思うようにからだが動かない言いなり言いな
り言いなり、そんなとこまでとどかないよ


あなたどんどん賢しくなって
わたしだんだん気化していく
それはどうしても言えないことばだけがある
のにあなたそれを言わせようとする、代わり
に魚になってあげるから許して言いなり言い
なり、


掴んでるのか握ってるのか解いてるのか戻し
たいのか安っぽいのか似せていたいのか突っ
切りたいのかそのまま任せっぱなし


終わったらほうりなげてください
何度もありがとうございます
あなたのよろこぶ声が
聞きたくていつもこんななのです


約束

  いまり




止まった時計が渇望して動き出す
それはチクタクなんてもんじゃない
百年止まらない独楽のよう
真っ黒な苦い液体を飲み干したらただのブラックコーヒーで
夜と相容れないわたしは
やっとげんなり出来た


接木しておくれよ腰骨のあたりに
触れないでおくれよ滑らかな眼差しに
どうしようもない掠奪が折り紙のように千切れていく
溶接しておくれよ眼球の裏に
だからと言ってあの5月が
精算されて返却されるわけはない盲目さ加減
ととと、れ、レシートだ、
百円玉8枚、一円玉5枚、
ひとつかみで口に放り込んでがりがりと咀嚼する
初めてつけた髪飾りの思慕を嘔吐するために
最後に伝えたあの輩への警告を記憶ごと排泄するために


わたしはわたしでなくなり
わたしでなくなったわたしが
わたしに似たわたしに会う
わたしに似たわたしは再びわたしになり
もうひとりのわたしに会う
何人でもわたしに会う
鏡はない、絶対にない、あってはならない、
思いのほか美しいことを夢見て
わたしはわたしに埋れていく


たった今鳩尾のところで白い指が泣いて8月を殺した
結局は足の親指の痣から花の咲かない茎が伸びて10月を裏切った
太腿の跡を辿ればいつかは2月を呼び戻せるのか
何年経っても変わらない、変えられない、
前兆だけが笑い続けている化け物め
眉を剃るから返してくれよ
セロテープで貼っつけるからさ


歯が抜け落ちるように無数の9月が脱落していく
行方不明の5月は井戸の底で山羊と子作りをしていた
一番星に目が眩んだ12月が氷の張った湖の下で息を引き取る
絵の無い画集を開いて雨が降るまで見とれていた6月は
全てを味方につけた11月に連れ去られて来世で1月になる


信用出来ないということはそういうことだ
圧着しておくれよ脛骨のあたりに
足りない何ヶ月かを拾い集めて
順番通りでなくてもいいから一年に仕立てたい
外から見ても格好がつくように


あと何月か足りないのに
5月が2人いる
ととと、れ、レシートだ、どのレシートだ、
たくさんいすぎて見分けがつかないわたしの
どれか1人が受け取りに行くから
1人くらいは1人で歩けるから


死んだわけでもないのに
脱線したところで生きているふりをしている


生きているかは定かでないが
浮遊しそうで出来ない余韻に阻まれている

文学極道

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