選出作品

作品 - 20191213_299_11614p

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大樹の陰

  宮永



午後になり、台風は温帯低気圧に変わった。
夕方、雨の合間を縫って急いで家に帰ろうと、会社の敷地にある広場を斜めに横切る。
暗い雲がミュートで流れ、その上にある濁った空がのぞいては隠れる。鳴り続けているのは黒いシルエットを揺らす松の枝葉。
髪を乱して進む背後から、ひときわ激しい音が被さってきて、はっと首を振り向ける。
ああ、ポプラだ。

広場の隅にある一本のポプラ。会社ができたときに植えられたとしたら樹齢は九十年近いのかもしれない。晴れた日には円柱のような幹が、細かな葉が繁る枝を奔放に、広く高く投げた。
ひときわ背の高いポプラだけが上空の風を拾うのか、松や欅が凪いでいるときも、小さく硬質な葉を震わせた。青空をバックにプラスチックに似た乾いた音を、さざ波のように流した。

今ポプラは、枝も葉も幹も一体となって前後に振れている。間欠的に高波のような咆哮を発して。しゃがみこんで耳を塞いでしまいたくなる。
ポプラは灰色に歪みながらガラガラと笑った。こんな嵐は何度もあった。嵐だけじゃあない。ずっと酷いことも見てきた、と。
ポプラの周りの地面には、人の背丈ほどもある枝が葉ごと折れ落ちていた。これしきの嵐に耐えきれず、幾つも、幾つも。

また大きな枝が、剥がれるように落ちた。