I
諸君が、もし恋人と逢って、逢ったとたんに、恋人がげらげら笑い出したら、慶祝である。
                                      (太宰治『富獄百景』)
   II
昔、もし作曲家をひとりだけ復活させられるとしたら
誰を選ぶかと問われたとき
私は冗談めかして
生きている人間の作品には愛情を抱けないから
復活は見送る、と答えた
   *
物心ついたころから
どんな作品に関してでも
それを褒め称える文章は
薄ら寒く見えた
  "批評とは正当な悪口のことだ
   称賛は愚かだから批評たりえない"
ミケランジェロの彫刻についてでも、
素晴らしいと褒め称えることには
神経質な無理がある
   *
モーツァルトのピアノ・ソナタ
第四番の第一楽章は
明るく演奏すると悲しくなる
悲しく演奏すると明るくなる
幼さみたいでやりきれない
   III
(ああ わたしも いけないんだ
 他人も いけないんだ)
              (八木重吉『一群のぶよ』)
   *
何もかも削ぎ落としたい
という気持ちがある
余計なもの、
余計なもの、
と切り捨ててみると
私は空っぽだから
なにも残らない
   *
波止場で座りこんでいると
海の方から
呼び声が聞こえる
呼んでいるのは
私の声である
自分が呼んで
自分で聞いているんだから
しょうがない
   *
テレビや映画をみていると
理由もなくにこにこしている人ばかりで
それが気障りに感じられる
無表情の大らかさが恋しくなる
クリスマスの街で点滅する
イルミネーションの遠い静かさみたいな
   *
最近になって、
モーツァルトばかり聞くようになった
この世のものは全部駄目だ
私も駄目だ
どこかに良いものがあるはずだと
思っていたけれど
例外なく駄目だった
ということに気がついて
音楽を聞くとき
モーツァルトの音楽は
本性がくだらなくて
本性のくだらなさが滲み出すみたいに
ただ独りで歌っている
   IV
あなたに届きえないとき
私は私自身において永遠になる
          (W. A. Mozart K.438)
   *
ぼんやり見ていたドキュメンタリー番組の最後
人々に背いてきた不良少年が
周囲と打ち解けているシーンが
明るい音楽とともに流された
   *
この数日で、桜が
はかったように、一斉に散り始めた
桜は美しさを欲望されてきた
拒絶によってではなく、
存在の必然によって
この世界のあらゆる植物も、
人も、
美しい存在ではありえない
   *
ロシアでモーツァルトが初演されたとき
子供が書いた音楽のようだと
観客がみんな笑い出してしまった
という話を読んだことがある
その光景が、
ユートピアのように思われた
	
選出作品
作品 - 20190411_569_11163p
- [佳] 悪口の詩 - 霜田明 (2019-04)
 
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悪口の詩
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