選出作品

作品 - 20190107_861_10986p

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偶像(眠りにつくための覚書)

  アラメルモ


皿の中には鰹節をまぶしただけの飯粒が塊になってそのまま放置されてある。どうやら好物の缶詰めがまた切れている様子だった。急いで部屋中を探し廻るのだが、冷静に考えてみると猫はもうとっくに死んでこの世には存在しないのだ。そんな夢を何度となくみてしまう。浅い眠り、そこに祈りはなかった。同じように、通りに面した開き戸を心配して中の扉を警戒している自分が居た。鍵がうまく掛からないのだ。仕切られた部屋はいくつもあり風を受けて窓のカーテンはいつも翻っていた。姿を見られているのだろうか。隣り合わせに向かい合う空間の外にはいつも誰かの姿を半分だけ見かけた。そうして部屋の襖や扉の入り口を確認して廻るわたしが居る。誰の顔もはっきりと思い出せない、だが、何やら常に怯えている様子なのだ。カーテン越しの窓に白い女の姿がぼんやりと映っている。セロファンの囁きに聲を傾げている女には見覚えもなかった。これが夢ならば意識から切り離されて当然だろう。周囲は既に空き地に囲まれていた。もう猫に餌を与えることはない、そう気づけば、外で野球をしようと兄が棒きれを持って待っている。ゴムボールを兄の腰の高さに投げ入れたらボールは大きく逸れて弾んだ。兄の姿はもう見えなくなっていた。しょっちゅう口喧嘩をしていた母も最近は見かけなくなってきて、そこにも祈りはなかった。
過去に遡れば、遠く、人々よ、運命を切り開き、切り裂いてしまった人々よ。昨年は何かと忙しく過ごした一年だった。もう何年も前からよく眠れないので昼間歩くようにしている。それでも眠れないのは考え過ぎてしまうからなのか。衰えていくのは細胞だけではなかった。還る土もなければ届く水の音もない。先行き不安だらけであることには違いない。そうこう考えているうちに日が暮れて、ここが第三惑星であることにも気がついていない自分が居る。そうだ、わたしは暗い宇宙を一廻りして故郷に帰ってきたのだ。なのに、この気圧の重さは一体どうしたことだろう。空気の壁に押しつけられて、世界は硬く透明に凍りついたままのアクリル板。それがまるで上下に剥がれたようにずれている。ぶら下がる照明の肌を二つに切り裂いた。息を止め鏡の中をじっと覗き込む。実は誰の姿も見てはいないのだ。猫に餌をやらなければならない。冷たくなった指先でまた湯割りを注ぎ込む。眩い光は軽くその影は重い。通りの中央で、わたしはずっと待っている。いつになったら眺めることができるのだろう。白い大理石の銅像が横を向き立っていた。背中の下で音が動きだした。明日を意識すればどうしても眠らなければならない。