岩隠れ、永遠(とは)に天陰(ひし)けし岩の下蔭に、
──傴僂(せむし)の華が咲いてゐた。
華瓣(はなびら)は手、半ば展(ひら)かれた屍骨(しびと)の手の象(かたち)、
──手の象(かたち)に揺らめく鬼火のやうな蒼白い光。
根は荊髪(おどろがみ)、指先にからみつく屍骨(しびと)の髪の毛、
──土塊(つちくれ)に混じつて零れ落ちる無数の土蜘蛛たち。
芬々(ふんぷん)とむせる甘い馨(かを)り、手燭(てしよく)の中に浮かび上がる土蜘蛛の巣、
──巣袋の傍らに横たはる土竜(もぐら)の屍(しかばね)。
頬に触れると、眼を瞑つたまま、口をひらく、その口の中には、
──羽虫の死骸がぎつしりとつまつてゐた。
隠水(こもりづ)、月の光つづしろふ薄羽蜉蝣(うすばかげろふ)、
──葬(はふ)りのたびごとに葬玉を産卵する岩の端(はな)。
(イハ、ノ、ハナ)
串(くすのき)の嬰兒(みどりご)、袋兒(ふくろご)の唖兒(あじ)、
──わたくしの死んだ妹は、天骨(むまれながら)の、纏足だつた(つた)
生まれたばかりの九つの葬玉、
九つの孔(あな)を塞ぐ。
合葬。
死んだ土竜(もぐら)とともに、わたしは、わたしの、ちひさな妹を、埋葬し(まい、さうし)
古雛(ふるびな)の櫛の欠片に火をともし(ひを、ともし)
蒐(あつ)めた羽虫の死骸を、つぎつぎと、火の中に焼(く)べていつた(、つた)
傴僂(せむし)の華が恋をしてゐる。
死んでしまつた蝦足(えびあし)の妹に恋をしてゐる。
蕊(しべ)をのばして乳粥(ちちかゆ)のやうな精をこぼす。
(コボ、ツ?)
養(ひだ)さむ背傴僂(せくぐせ)。
わたしは傴僂(せむし)。
傴僂(せむし)の華が恋をしてゐる。
死んだ妹に恋をしてゐる。
馬の蹄に踏み砕かれた伏せ甕。
重なりあつた陶片(たうへん)の下闇。
蝸牛の卵たちがつぎつぎと孵(かへ)つてゆく。
蝸牛の卵たちがつぎつぎと孵(かへ)つてゆく。
──これがお前の世界なのだ。
(ゲーテ『ファウスト』第一部、相良守峯訳、罫線加筆)
ああ、苦しい、苦しい。
(ゲーテ『ファウスト』第一部、相良守峯訳)
わたしは傴僂(せむし)。
傴僂(せむし)の華が恋をしてゐる。
死んだ妹に恋をしてゐる。
輪廻に墜ちる釣瓶(つるべ)。
結ばれるまへにほどける紐。
Buddha と呼ばれる粒子(りふし)がある。
わたしは傴僂(せむし)。
傴僂(せむし)の華が恋をしてゐる。
死んだ妹に恋をしてゐる。
ああ、苦しい、苦しい。
(ゲーテ『ファウスト』第一部、相良守峯訳)
あはれなる、わがかうべ、
(ゲーテ『ファウスト』第一部、相良守峯訳、歴史的仮名遣変換)
あやしくも、くるひたり。
(ゲーテ『ファウスト』第一部、相良守峯訳、歴史的仮名遣変換)
あはれなる、わがかうべ、
(ゲーテ『ファウスト』第一部、相良守峯訳、歴史的仮名遣変換)
あやしくも、くるひたり。
(ゲーテ『ファウスト』第一部、相良守峯訳、歴史的仮名遣変換)
り。
(ゲーテ『ファウスト』第一部、相良守峯訳、歴史的仮名遣変換)
。
(ゲーテ『ファウスト』第一部、相良守峯訳)
選出作品
作品 - 20190101_683_10976p
- [優] 陽の埋葬 - 田中宏輔 (2019-01)
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陽の埋葬
田中宏輔