選出作品

作品 - 20181123_798_10912p

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騒ぐ言葉

  atsuchan69

かん高い声の騒ぐ言葉が部屋中を這いまわっている。声の主は女と女なのだが、女と女は椅子に座っていて向かい合ったちょうど真ん中にテーブルに載った紅茶とポッド、そしてナイフで取り分けたそれぞれのビクトリアサンドイッチケーキが女と女の側に置いてあった。紅茶は、ウェッジウッドの小花柄のカップに注がれていたが、部屋中を這いまわる騒ぐ言葉のせいで微かに波紋を揺らしながら、明るい琥珀の色に溶けた遠いダージリンの土地の幸福な匂いを淡い湯気とともにゆっくり立ちのぼらせていた。また銀のスプーンは、しばしば騒ぐ言葉とともに皿の上で小さく震えることもあったが、女と女は相変わらずケラケラと笑い、無数の騒ぐ言葉を床や壁に這いまわらせていた。その言葉のひとつが、壁に染みた「脂肪燃焼サプリ」だったり、「借金玉の今日はこれに頼りました」だったりしたが、意味は無数の意味の前では何ら意味を成さない。今しも天井を走る「ミコノス島の赤い夕日」が「タコのガリシア風」と激しく衝突し、その拍子で「ミコノス島の赤い夕日」は「賀茂なすの田楽」の這いまわる床に落ちて「日夕い赤の島スノコミ」になって黒い多足の足を天井に向けてバタバタさせている。だが、そんな騒ぐ言葉のひとつひとつを紹介していてもキリがない。ただ一匹、もしくはもう一匹、「あなたのご主人」と「ウチの馬鹿亭主」が、夕べこの家の主人である私が酔っぱらって床に零したワインの染みの上で何故か居心地好さそうに、まだ生まれたばかりの子猫のようにじっと大人しくしていた。そして女と女はケラケラと笑い、さらに無数の騒ぐ言葉を床や壁に這いまわらせるのだった。