選出作品

作品 - 20180920_527_10760p

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


ビンタ

  atsuchan69

大粒の涙‥‥いやそれは悲しみというよりまるで馬鹿げてるとしか言いようのないほどの荒く凄まじい憎しみの雨で草木の葉は低くうなだれ足元はたちまち泥の河となった白く靄の立つ密林を飛び石のように跳ねながらやって来る翅のある大鰻の群れとそれを追う三前趾足(さんぜんしそく)のビンタどもそして彼らが過ぎてしまうとまもなく雨は止んで今度はギラつく光が密林の濡れた木々の葉を照らした青空を覗かせる枝葉の隙間からもしも神を信じるならきっと神だろうそのものは天までとどくかもしれない虹の梯子をいくつも下ろして見せた鮮やかな緑の羽毛に覆われた一匹のビンタが鋭い嘴で黒と黄の斑の大鰻を喰らいそこへ別のビンタが餌を奪おうとやって来るなり争いをはじめた泥濘に血の色がまじり鶏冠(とさか)のあるビンタが鶏冠のないビンタから餌を横取りするとそのとき咽喉に槍が突き刺さって空を飛べない羽根をバタバタとさせた鶏冠のないビンタはクォケキックォオオと啼くとたちまち生い茂る草の葉をなぎたおして密林の奥へと消えた大鰻は大人しくなった鶏冠のあるビンタに頭を飲み込まれていたがまだ息をしていた首にいくつもの爪と牙を集めて吊るした背の低い男は腰にある短刀を抜いて静かに近づいたその後を槍を持つ男ども数人が付き添っていた鶏冠のあるビンタの目から涙が流れているビンタもまだ死んではいなかった短刀を持った男はビンタの胸のあたりに止めをさしたキヒィイイと漏れるような声で一度だけ啼いた美しく残虐な血の匂いを嗅いでさらに大型の肉食獣がやって来るかもしれない作業は迅速に行われなくてはならなかった男たちは羽根を切り裂き首も落とした焼いて喰うと旨い大鰻もこの場に残すより他なかったビンタを捌いたのち胸の肉と腿の肉をさらに切り分けて皆で塊を背負った帰り道はとても愉快だ村の女子供たちのよろこぶ顔がすぐ眼の前にある密林に夜が来るのはたぶんもう少し先かもしれない大粒の涙のあとはきまって笑いがやって来る男たちはとてつもなく単純にそれを信じて今日まで来たのだそのくりかえしだった密林で生きてゆくのは