選出作品

作品 - 20180504_878_10414p

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春の光

  游凪

露光し続ける世界で辛夷の花が散った
別れることができない雪のように散った
しゃがみこんで撮った青空の写真は
あなたの目に映らずに裏返されたまま
積み上げた本の隙間に紛れ込んだ
埃を被った文字の羅列は意味を成さない
その知識はもう擦り切れている

途切れ途切れの声をまさぐって
一番柔らかいところを探し当てる
そのまま秘密を触り合う
弱いことを隠さずにいられる喜びを
口に含んでよく濯いだとき
あなただけにある優しさを知る
ひとつになれないもどかしさの輪郭を
丁寧にすくい上げて撫でている

しまい込まれた名前を思い出そうと
読みかけのページを遡ってめくっていく
抜け落ちた幾つかに気付かない振り
間違えていないことへの祈り
滲んだ文字のざらついた感触を
いつか失ってしまうとしても
全ては意味のある行為だと思いたい

例えば雨の匂いのするアスファルトで
轢かれた猫の血が洗い流されて
何もなかったかのように忘れ去られていく
その過程で抱いた刹那的な感傷の行き先を
いつまでも覚えていたいという
独りよがりなことでさえも
想うだけならいくらでもできる

埋められなかった夜の底で
うずくまったまま固くなっていく
手脚の在り方を忘れてしまって
掴むことも歩くこともできない
虫のような胎児に戻りながら
傍らの菫が咲くことより項垂れていく方が
ずっと美しいと思い眺めていた

可愛げな小鳥の羽根を切り揃えて
奪った風の匂いは蜜のように蕩けた
あなたと同じ場所に立ってみた景色が
同じように見えていたのかわからないから
睫毛が重なる近さで瞳を合わせる
漆黒の宇宙に無数の星が一斉に瞬いていて
次々と生まれる世界は拍動している

薄い卵膜に透ける光の渦は
新鮮なあなたそのもの
倒錯的な水底に沈んでいたんだと
手放した痛みと手にした温み
いつまでも浸かっていたい微睡み
あなたが教えてくれた涙
湿ったままで初めての呼吸をする
否定ばかりの語尾は少なくなっていった

露光し続ける世界で桜の花が散った
別れることを決意した雪のように散った
しゃがみこんで撮った青空の写真は
あなたの目に映す為だけに暗室で現像された
切り取られた世界の羽ばたきの先
埃を被った文字の羅列に見い出す意味
擦り切れた感情を丁寧に使い古していく


春の花は光から生まれた

散った花は光をこぼした

あなたのなかの光に溺れた