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作品 - 20180108_602_10159p

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


発語の詩

  霜田明

  一

猫には言葉がないって
誰が言い始めたんだろう
ものを言わない人にも
言葉はあるはずなのに

言う方法がないとき
聞く方法もないから
猫には人の言葉がわからない
猫にはわからないことがたくさんある

それでも猫には言葉がある
朝 寝ぼけているのを見れば分かる
僕が仕事に出かけていくのと同じ
世界に適応するまでの
ほんの僅かな猶予の時間

  二

僕らの世界はまるで
ちいさな差だけで成り立っている
この子よりこの子のほうがいいとか
10円玉と100円玉のちがいとか

僕らは世界の誤差に
固執することで生きている
僕らは言葉までしかわからない
僕らにはわからないことがたくさんある

あれとこれを取っ替えられると思っても
取っ替えてみると大きな問題が起こったりする
ひとりのアフリカ人が死んでも気楽に過ごしているけれど
親しい人が死んだら一日中落ち込んだりする

  三

暮らしていくということは
返せない砂時計の落ちていくのに似ている
何もしないでいるとお腹が減ったり
出来ないことばかりに迫られていく

一生懸命生きているはずなのにどうして
暮らす とか 過ごす とか
弱い言葉でしか
語れないのだろう

日が暮れるとか
思い過ごすとか
そういうものが僕らにとって
ゆいいつ確かなものなのだろうか

  四

猫は飼い主に感謝してはいけない
餌をもらうのは当然のことだから
人は猫を二重に去勢することで
閉じられた親愛を作り上げているのだから

飼い主がもし餌をやらなくなれば
それだけで死んでしまうところまで
飼い猫は追い詰められている
だから鳴き叫ぶのは当然なんだ

人も猫も創作上の人物も
同じなのに
どうしてみんながそれを許すからって
簡単に虐げたりできるんだ

  五

人が言葉を話すから
僕には人の気持ちが少し分かる
語られた言葉がわかるというよりも
語られない領域を信じられるから

僕に内部があるように
人には内部があると信じられるから
猫もきっと振る舞いの機微にふれることで
僕の内部を見出しているだろう

冬の寒さに猫が膝の上に乗ってきて
僕は欲望されることの愉楽を味わっている
僕には自分が死ぬということがわからない
いつかこの猫も死ぬんだという考えの内部に
自分の死をも見出そうとしている

文学極道

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