選出作品

作品 - 20171207_858_10080p

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黒の墓標

  atsuchan69

白い柔肌にそっと触れるや否や
とつぜん狂った発条みたいな
青白い器官が左右の外耳道から飛びだして
先ずは目玉をふたつ、
声もなくポロンと落とし
詩人である若い女の頭部はみごと分解した

やがて生気をうしなった首から下は、
まるいお口のビニール人形が
むりやりダイソンクリーナーで空気を抜かれるがごとく
形而上の深遠な宇宙の闇へ向かって
世界間隔を内へ内へと崩しながら収縮をはじめた

ペラペラと個体の表皮が剥げ落ちるのと同時に、
すでに乾涸びた肉の塊りとなった砂の女は
もはや立ちつづける意志もなく脆くも粉々に砕けたが
幾許かの憎悪が、其処らじゅうに女の生きざまを散らし、
関係をもった男の数だけ傷のある板張りの床へ
ごく少量ながらタール状の黒い染みを点々とのこした

嗚呼。))) 化学分解した核スピン異性体の女よ
その名を淫らな金髪の糸でハートへ刺繍したけど
二度と思い出せそうにないアブジャドの綴りと、
巻き舌のRや鼻母音を含んだことばをやっと発して
瞼の裏側に覗く、沼沢のゆれる水面に浮かぶのは、
夜の色をつよく弾いた睡蓮たちの覚醒、
一瞬に咲いた花の、神秘のけだかき素顔。
そう、記憶の底で眠る君の、――あの歌が忘れられない
世界中のかよわさを余すところなく掻き集めた
懸命な響きが一種独特な 君の、あのたどたどしいハミング
なのに陳腐でありふれた瞳の残光をけして見せまいとする、
やたら即興をベタで口ずさむ勝気と幼さが
「カテバカングン」とガッツ石松はいうけど、
ええと、――それって英語なのかな?

況シテ、華奢なカラダに畢生の煌きを宿した
草原の汗と土ぼこりと瑞々しい息と匂いを
小さく未成熟なまま、野生のロレツを【ら行】で絡めた
その舌も、その濡れた卑猥な唇も、
深淵の硬く蒼い岩盤の底から滲んだ甘く溌剌とした声で
昼も夜も人々へ思いつくまま愛らしい囀りをとどける
彼女は無限大に泡立つ原始のパロールを惜しみなく、
滾々と湧きだす奇跡の泉だった

未練たっぷり悔やみつつ
そぞろ想い返せば、
澄ました知性によってもたらされる「疼き」、
抗原抗体反応のそれはアレルゲンとして一般的に
ある種の不快をともなうアレだよアレ
ヌミノーゼの生ナマしさへの妙によい子に振舞おうとする、
国際親善パーティの日本人特有のつまりアレだ
奇妙な条件反射がつよく顔面を引き攣らせ、
頬の筋肉をピキピキ硬直させるモロ、
ディープでレアなアレじゃん

裏通りの陽に焼けた黄色いテントの
怪しい大人のオモチャ屋が育んだ格別に濃い、
さびれた海辺をそよぐ潮風と磯くさいエッチな匂いとか
いたって健康的な宅配ルームサービスだの
男と女のアブナイ関係だとかハードSMだとか
或いは、地の果てまで移動しつづけるサーカス団の
曲芸師じみた特殊な性愛の技と匠の前に、アレレ?
いつしか少年の日のあどけなさは斯くもみじかくも失せ、
さすが彼(ピニーちゃん)は、
一人前の男子として 逞しく立派に勃起した

だから俺。チョー、我慢できない。 )))

激しい怒りと禁断の歓びとを「運命」がシェイクし、
中出しで避妊のためのゼリーと入雑じった
回転ベッドの欲望の火照りを露わに
真っ赤に熟した地獄の果実を指で引き裂き七ケ食べた
お口にぺろぺろ罪深き・俺・の
ピ、ピニーちゃんを不本意ながら、
大胆にも公衆の面前でデッカク露出させ
極めてテキトーかつ気分しだいプラス残忍なタッチで、
白くねっとりヤマト糊を湛えた湖面へひとり舟を浮かべ/た/べ/た、
ヤクザな俺は、携えたスケッチブックに一日中
太い魚肉ソーセージ一本で
見えざる曲線を無数に引きつづけ
曇天に浮立つ山々の紅葉なんかもうどうだってイイから
あえて自分自身の心の想いをより鮮明に描てみせよう

こうして爽やかな秋晴れの日のように
空きっ腹ちゅうか前述の詳細部分はさておき、
此処までの記述は一切忘れてほしい。
パンツを穿き、いつだって遅く目覚めたけだるい朝には
赤ら顔のクエーカー教徒のおじさんが燕麦の粥を右手で口に運ぶ
おそらく慢性の二日酔いが今朝も続いているとしたら、
英国製陶磁器の傍らに置かれた銀のスプーンの窪んだ鏡面に
ごく稀に小さく、ぼんやりと像を結んだ「農家の庭」の絵が覗き見られる
逆さに投影された高価な絵皿の世界でコケッ、コ、コ、コケッ、
夢なき放し飼いの鶏たちは、信じる神も美学もなく
ただ餌を捕食し、処かまわず盛んに交尾と排泄をつづけた
と、いうのも、全くの嘘だろーが。

痛みもなく血の通わない真実がどれほど赤裸々で冷淡であるか
未来を担うべきモノたちは、物質の線と形と、その影とを探るべきだ

 アエテ皮一枚ノ「美」ナド、
 姥桜ノ大樽ニ詰メテ塩漬ケニシチャウンダカラ!
 一緒ニ干シタ大根モ十本クライ漬ケタヨ、
 ソシテ楽シカッタ想イ出モ、全部漬ケタンダ

シリウスの伴星に冬の訪れる頃
黒い染みあとを見て、俺は泣いた
ふん、凶暴な俺のまえでは
詩人の言葉なんか痩せこけた洗濯板の、ただの裸だ!
晒を巻いた腹から飛びだした包丁の柄を握る
キラリと光る一瞬の先。
勢い、よく研いだ出刃をふり降ろして血飛沫、、
醜く老いた厚顔の詩人の首をぶった切ってやった
二度、三度、四、五、六、七‥‥
幾度も、そして幾度となく

殺した詩人の生首が冷たい風に晒され吊るされて
暫く、窓の外にぶら下がっていたけれども
病んだ心の蒼ざめた高名な生首は洟水をたらし
図太くもなお一人、意味不明の詩を朗読した

たぶん、きっといつの日か
その毛の生えた不気味な球体の輪郭すら
高度な漸層法やレトリックともども、
みごと虚空のノイズに紛れて消えてしまう筈である


そう、記憶の底で眠る君の、――あの歌が忘れられない