秘密を仕舞う
どこに?
頭に決まってる
背中に隙間ができる気分を誰にも
そんなの、もちろんだけど
誰にも観られたくはない
彼は僕に、彼自身が透明であるのに
秘密を教えてくれるって、約束をした
ーー感覚って?ーー
ーーその時のだよーー
ーーその時……通り過ぎるだけだよ。ほら、セネカだって言ってるだろーー
ーー誰それ?ーー
僕の質問に彼は悩み、それから
ーーごめん、やっぱなんでもないーー
彼の歯が見える
パパの顔を忘れた
必要のないことを入れておくと
必要なことを落っことす
頭はそういうもの
とりあえず
ただ会った時に
久しぶりって答えれば
覚えていたことになる
ポジティブな言葉は便利に使うんだ
ーーあんな酷い女。いや、女とか男とかそういうのは関係ない。全く関係ない。男でも女でも酷い奴は酷い。だけどな、何もかもが自分しかないような奴は単なる生き物だ。あんな酷い生き物は、俺は他に見たことがないよーー
パパはそう言って泣いた
全くかっこ悪くってなんていうか
そう、情けなくなった、そうだよそれ
ああはなりたくない
誰にも、誰にも喋ってはいけないこと
それはつまり、喋れば
糸がほつれて縫い目から全部出るってこと
秘密だけじゃない
嘘や、それについた脂肪とか
もうとっくに腐敗しきってそれが何なのか
何だったのか
誰にも分からない
腐敗しているっていうのはわかるだけの物たちと一緒に
シーツを被って近づいてくる
ーーきみのパパもママも、悪い人じゃないと思うよーー
僕はベッドの中から言う
ーー悪くはないよ。僕もそう思うーー
ーーそうだね、たぶん、人に生まれたのが間違いだねーー
ーーどう言うこと?何だったらいいの?ーー
しばらく黙ってから彼
ーー肉じゃないものだねーー
何それ、と、僕は困った。それを見て彼は
ーー本とか映画の登場人物とかーー
ーーじゃあ漫画でもいいの?ーー
ーー漫画でもいいね。とにかく肉じゃなければねーー
ひとりで夕食を食べた日は
金曜日だったはず
ママはとにかく帰りが遅くて
夜の中に迷子になったんだと思ったけど
子供の僕にはどうしようもない
パパが探しに行くよ、仕事から帰ってきたら
そう思って
カップヌードルのシーフードに
お湯を注いだ
ーーねぇ、秘密ってなんなの?ーー
僕が言うと
彼はシーツの穴から出た目を
くるくる回してから
ーー楽しい?ーー
ーーえ、何が?ーー
ーー秘密を、そうやって聞くのだよーー
もちろんだよ、僕はできるかぎり
楽しそうに答えた、はず
ーーそっかーー
とだけ、彼は答えた
ママは卵が嫌いだった
子供を食べるのは良くない
とよく言った
けど、パパはスクランブルエッグが好き
硬くてぐちゃぐちゃで、ケチャップに沈んだスクランブルエッグ
それを見るたびに、ママはため息をついてた
最近じゃ、卵を食べるけど
けどいいと思う
好き嫌いは良くないし
そうやって、克服ってことをしていく
間違ってない
パパが出てってからは
僕もスクランブルエッグを食べる
何にもママは喋らないけど僕は
そうだね、
彼の秘密は臍の緒みたいに巻きついて
だから、今を、僕は
うん、構わないとおもう
選出作品
作品 - 20171120_458_10037p
- [佳] スクランブルエッグ - 北岡 俊 (2017-11)
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スクランブルエッグ
北岡 俊