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北岡 俊

選出作品 (投稿日時順 / 全6作)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


刺し違え

  北岡 俊

詰め込みすぎた、最初の1分
荷を下す暇もなく
秒針の速度の差に
あれは不良品なんかじゃない
生き埋めのような絶望は
偶然でなく
軽い靴底を補填する

空白、いったい何色に見える
怯える指先は体温を忘れ寒さに触れる
乳房から引き剥がされた嬰児は
断ち切られた食に泣くだけだろう
愛着なんかじゃないさ
生きるための涙でしか、
その空白は埋まらない

一つずつ
片付けてこう
ゆっくりと、
飲み込んだ唾液が
喉元で熱に変わるくらいに
ゆっくりと

何も考えちゃいない、
火のついた時計が
燃え尽きた後に焦るんだ
燻る火は軽い吐息で払え
聞いてるのは見覚えのない
やけに狭い背中だけ
最後に見る
それがやつらの景色だ

スキャパの味はもう忘れろ
後悔と一緒に打ち寄せてくるから
あいつはここに
とどまらないという
通り過ぎていくだけなんだそうだ
だから表情は想像しか頼りにできない
もう満足だろ
それなら、あとは待とう


ロケット+おじいちゃん

  北岡 俊

おじいちゃんにロケット付けて

ビル、運命、野良女、雨、禍々しい怪物
どもを
破壊していく
突き抜けていく

頬に巨大なシミ、右目の瞼には傷がある、この傷はおじいちゃんが母親に出刃庖丁で両断されそうになり、躱した時に、家の柱の角にぶつけた時にできた傷だ、右腕など殆ど動かない。

風圧に皮膚が引っ張られ
輪郭が露わになる
眼球が震え
みかんみたいに、衣服が剥がれる

おじいちゃんっ!?

と、ぼくの予想ではロケット花火よろしく
中空で弾け、炸裂したのちに粉末化するかと思ってたがそうではなかった
加速していくおじいちゃんは次第に
身幅が狭まる
身長は五寸釘程度になる
を経て
高度が上がるにつれおじいちゃんは
凝縮されていく
濃縮されていく
見えなくなった時
思った
そうか、
おじいちゃんだった
になったのか!


映写機

  北岡 俊

安価なナイフの鈍い銀反射は、男の瞼の何重もの歴史の波の皺を再現する。
右手の人差し指がナイフの刃上部に添えられ、ナイフの刃から男は男を覗き込み、人差し指の左横で頼りなさげな親指がナイフ側面に寄添う。左手は、これから切り落とされるであろう仏麺麭の端を押さえている、刃は素早く引かれ、硬くなってしまった仏麺麭は木製の卓に直に置かれ、マリー・アントワネットの頚椎に食い込んだギロチンのように仏麺麭を切り落とす。
口髭に、一つの縮れた雪に似た白埃が乗っている。男はそれには気がつかず、たった今断首されたマリーアントワネットの頭を口に入れ、ヤニに染色された異様に大きな齧歯類の二本の前歯を主に使いそれを、些か強引に噛み切る。すると、噛んだ衝撃で屑が血液や脂のように、口の端、木製卓の上、髭、に飛散した。髭の上の白埃は、もはやどれがそうであったかは見当もつかない。

白くくすんだ老女が二階の自室の窓に寄りかかり、外を眺めている。すぐ下に見える街路樹の並んだ通りには、幼い兄妹がおり、兄は裾の短い赤い水着だけで、妹は袖のないワンピースに紙のように薄い白い肌の透けるカーディガンを羽織っている、兄は脇に大きなオウム貝の殻を抱え、それを取ろうと手を伸ばす妹を突き飛ばす、その勢いで臀部から地面へと妹は倒れる。妹はすぐには起き上がらず、ヴァギナのように開かれた深いオウム貝の殻の穴を見る。
窓枠は固定されており、内側からも外側からも開閉することはできず、単にその役目は、外を眺める為、陰気な正方形で、ベッド、箪笥、小さな椅子、それと老婆を置いておく為だけの部屋に、日中、花瓶の中に水を注ぐように明かりを差し入れる為だけにある。老婆はその光のせいでくすみ、白髪が星雲のようになっている。口を円に動かし、時々、粘り気のある音を立て、ゆっくりとそのまま眠ってしまうかのような瞬きをする。
部屋の入り口から老婆を眺めていた男は、右手に小さな仏麺麭の切れ端を、左手に常温の水を半分程度いれた小さな洋杯を持っており、老婆に近づくと、老婆は男が、男の手が持っている仏麺麭の切れ端に目を向け、それしか動きができないかのように何度も首を振る。態とらしく溜息をつき、男は老婆の古書の湿気によれた表紙カバーのような唇に仏麺麭を押し付ける、乾いた音がし、老婆は尚も自ら仏麺麭に顔をこすりつけるみたいに首を振る。その反動で男が左手に持っていた洋杯から水が少し溢れた。麺麭屑が辺りに、老婆の口の周り、男の手上、床などに散らばり、男は残った仏麺麭を老婆の白髪目掛けて投げつけ、手を払い、早足で部屋から出ていく。男が出ていくと、老婆はまた窓の外に目を向ける。仏麺麭は床の上、置き去りにされたヘンゼルとグレーテルの表情をし、洋杯から溢れた水を含んだ。

その夜、老婆は箪笥の下着類を仕舞っている上から二段目の奥にあった、サイズの小さい黄緑色のレオタードを引っ張り出すと、それを着て、部屋の、凝縮された太陽系のような裸電球の照明の下、舞踊をしたり、スクワットの真似をしたり、時々、無意味に跳ね上がり奇声を張り上げたりする。
男は庭先から、手にビール瓶を持ち、窓から見える、隔絶されたそれをセピア色に眺める。周囲に明かりは無く、夜が夢をみており、その夢が四角く切り取られ、男を通じ、脳が縦に急回転し、目がレンズとなり一筋の光を伸ばし、映写機の様子で、像を映す。
ビール瓶の中はすぐに空になり、そこを水太りした夜風が通りすがりに、傴僂の低い姿勢で覗き込む。


公園

  北岡 俊

焼菓子割れの影に、硝子の落ちる声を利用し、幼女達は横目で示し合わす。
靴形滑り台に、肋骨作りの硬い鞦韆、牛肉色の鎖から垂れた振子家の中では一種類の四人家族
が長方形の食卓を囲み、あらゆる、過去形を喰らう。四人は複製画みたく同じ顔をし、〓でありながら口だけを静かに動かし合う。
部屋の隅には古い銅製枠の鏡台がありそこに示し合わす幼女らが写り込む。



「あれは常芝居だよ」
一人が言う
「余りが居るみたいね」
一人が言う



食卓から少し離れたところに、四人とは顔の違う女が生えている。
片側の眉は剃り落とされ、外斜視、髪を後ろで一つにまとめ、大袈裟に何度も唾液を飲み込む女は鏡台の、可動式の鏡を何度も動かし、小さな窓から差し込む光を反射させ示し合わす少女達に当てへらへらする。
女はその差し込む光の正体を知らない。


スクランブルエッグ

  北岡 俊

秘密を仕舞う
どこに?
頭に決まってる
背中に隙間ができる気分を誰にも
そんなの、もちろんだけど
誰にも観られたくはない


彼は僕に、彼自身が透明であるのに
秘密を教えてくれるって、約束をした
ーー感覚って?ーー
ーーその時のだよーー
ーーその時……通り過ぎるだけだよ。ほら、セネカだって言ってるだろーー
ーー誰それ?ーー
僕の質問に彼は悩み、それから
ーーごめん、やっぱなんでもないーー
彼の歯が見える


パパの顔を忘れた
必要のないことを入れておくと
必要なことを落っことす
頭はそういうもの
とりあえず
ただ会った時に
久しぶりって答えれば
覚えていたことになる
ポジティブな言葉は便利に使うんだ


ーーあんな酷い女。いや、女とか男とかそういうのは関係ない。全く関係ない。男でも女でも酷い奴は酷い。だけどな、何もかもが自分しかないような奴は単なる生き物だ。あんな酷い生き物は、俺は他に見たことがないよーー
パパはそう言って泣いた
全くかっこ悪くってなんていうか
そう、情けなくなった、そうだよそれ
ああはなりたくない


誰にも、誰にも喋ってはいけないこと
それはつまり、喋れば
糸がほつれて縫い目から全部出るってこと
秘密だけじゃない
嘘や、それについた脂肪とか
もうとっくに腐敗しきってそれが何なのか
何だったのか
誰にも分からない
腐敗しているっていうのはわかるだけの物たちと一緒に


シーツを被って近づいてくる
ーーきみのパパもママも、悪い人じゃないと思うよーー
僕はベッドの中から言う
ーー悪くはないよ。僕もそう思うーー
ーーそうだね、たぶん、人に生まれたのが間違いだねーー
ーーどう言うこと?何だったらいいの?ーー
しばらく黙ってから彼
ーー肉じゃないものだねーー
何それ、と、僕は困った。それを見て彼は
ーー本とか映画の登場人物とかーー
ーーじゃあ漫画でもいいの?ーー
ーー漫画でもいいね。とにかく肉じゃなければねーー


ひとりで夕食を食べた日は
金曜日だったはず
ママはとにかく帰りが遅くて
夜の中に迷子になったんだと思ったけど
子供の僕にはどうしようもない
パパが探しに行くよ、仕事から帰ってきたら
そう思って
カップヌードルのシーフードに
お湯を注いだ


ーーねぇ、秘密ってなんなの?ーー
僕が言うと
彼はシーツの穴から出た目を
くるくる回してから
ーー楽しい?ーー
ーーえ、何が?ーー
ーー秘密を、そうやって聞くのだよーー
もちろんだよ、僕はできるかぎり
楽しそうに答えた、はず
ーーそっかーー
とだけ、彼は答えた


ママは卵が嫌いだった
子供を食べるのは良くない
とよく言った
けど、パパはスクランブルエッグが好き
硬くてぐちゃぐちゃで、ケチャップに沈んだスクランブルエッグ
それを見るたびに、ママはため息をついてた
最近じゃ、卵を食べるけど
けどいいと思う
好き嫌いは良くないし
そうやって、克服ってことをしていく
間違ってない
パパが出てってからは
僕もスクランブルエッグを食べる
何にもママは喋らないけど僕は
そうだね、
彼の秘密は臍の緒みたいに巻きついて
だから、今を、僕は
うん、構わないとおもう


お願いマッシュルーム

  北岡 俊

どうか親切にしてください
どうか傷つけないでください
どうか、倖せにしてやってください
何から何まで欲しいものを与えてください
そうすれば欲求
という、はんぺんみたいなのはなくなりますから

嫌いなものに対し
嫌悪と批判の力を示す強さ
好きなものに対し
愛していると言う滑稽さ弱さ
どちらも持ち合わせていない
自分を引き上げることが
とてつもなく僕は不得意
てか不得意な事すらも隠しながら
僕は僕に敗北する、し続ける

濃厚な黒いマッシュルームが空の
隅に生えているのを見つける
逆さに生えてる
いやそもそも、マッシュルームが普段
どうやって生えてるかも分からないし
通常、目にしている状態が逆さ
と本人らは思っているかもしれないから逆さかどうかも微妙だけども
とにかく僕に対しては逆さ、なのだ
誰もが見て見ぬふりをする
そこに生えてる、とか思ってないのか
もしくは生えてると信じたくないのか
淋しさ、虚しさが風のようにして
黒いマッシュルームを撫でていく
けど僕は気がついたからね
シカトはできない
近づいていって手を伸ばし
引っこ抜いてやろうとすると話しかけられた
ーー君は、そうやってなんでも触れようとするの? なんで? アホなの? むせきにんではないかーー
公務員っぽい感じの男だ
見たこともない制服を着て憤慨してる噴火してる
なんて答えようかまごまごし僕は黙ってる
伸ばした手を引っ込めてから
ーーどうか親切にしてくださいどうか傷つけないでくださいどうか、倖せにしてやってくださいーー
と願い、できる限り笑った
黒いマッシュルームは白くなって小さくなるとぷっと消えた

文学極道

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