選出作品

作品 - 20171030_890_9983p

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優しい残響

  游凪

路地裏の電柱の下にしゃがみこんで
空色の吐瀉物を眺めてる
パクパクと口を動かしてみる
ここから出たものは汚くも美しい
飛ぶ鳥であり枯れかけの花である
その生温かい声を拾い集める
無造作にポケットに突っ込むと
小銭とコンビニのレシートが音を立てた
錆びた看板の店の前には
欠けたプラスチック製の植木鉢に
名前の知らない植物が並び
アルコールとネオンを咀嚼している
ポケットは心臓くらいの重さになった
残った吐瀉物は風に吹かれていった
届けられることのない遺失物
夕闇がそれを見ている
懐かしい記憶のように、或いはこれから見る幻のように

路地裏を出た先の公園で
野良犬のように徘徊する老人を見ながら
ペンキの剥げたベンチに座る
もう残り少ない煙草に火をつけて月が出るのを待ち続けた
それは一瞬のような永遠
月は優しい残響
太陽の残り香のする遊具は静まり
薄く脱色されていく
街頭に集る虫たちも声をひそめた
煙草は美味くもないが
吐き出したという行為が目に見えることが重要だった
何も残らない残せないこの存在の

薄い雲の向こう月は響く
嫌いだった喧騒も実は羨望の裏返し
塗れたかった手垢は古い詩集で掻き集めた
街に溢れてる言葉には目を瞑って耳を塞いだ
涙が浮かぶのは煙が目に染みるからって
ヘビースモーカーになっていった
ポケットをまさぐって
空色の吐瀉物を取り出す
これは自分自身か最早わからない代物
すっかり温度を失い
手のひらを徐々に冷やした
ぎゅっと握りしめると
僅かな光が拳から漏れ出た
これは飛ぶ鳥であり枯れかけの花である

拳を開いたら電球が切れるように消えた
しかし消失でないのは知っていた
吐瀉物は空色の鉱石であった
それは飛ぶ鳥であり枯れかけの花であった
それは空を映す脈打つ心臓であった
それは温度のある獣の声であった
何度吐き出してもそれは空を映すだろう
汚くも美しい生命の色を
誰もいない公園を出て
切れた街灯の下、夜空を見上げれば
月は優しくを今を照らしていた

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