選出作品

作品 - 20171009_477_9942p

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サイクル

  ゼッケン

太陽の昇らなくなった世界で今日は
半年続いた冬の最後の一日だった、おれは
5歳の息子を肩車に乗せて歩いている

ざくざくと霜を踏む足音が前後に連なって大勢の人間が
広場へと続く、両脇に湯気の立つ屋台の並んだ道を埋めている
息子は重くなった、零下50度に近い外気を遮断する耐寒服の下でおれは汗ばんでいる
厚い手袋をはめた息子の手がおれの頭をフード越しにぽんぽんと叩く
夜店からはもうもうと白い湯気が立ち昇っており、熱い麺を売っている
おれは体の向きを変え、流れを横切って一軒の屋台の前に立つ
なじみの親爺が湯気の向こうでにこりともせず、しかし、すばやく
麺を釜から揚げ、おれたちを待たせることなく耐熱スチロールの器を差し出す
おれは麺とたっぷりの汁で満たされた器を持って屋台の奥の天幕の中に進む
中央にはストーブが赤々と焚かれ、おれは息子を降ろし、服の氷と霜を払ってやる
ゴーグルとマスクをはずし、おれたちはすし詰めのテーブルに身を割り込ませる
皆がすこしずつ身体をずらしてくれた
息子は不器用な手つきで箸を持ち、器用に
麺を絡めとって口に運ぶ おれは息子の頭越しになる形で
麺をすする 冬の終わりまであと一時間だった

広場は石畳が敷き詰められており、つま先はどうしても冷えて痛みを覚える
広場に到着したおれたちは止まらない人々の流れに押されて中央に進まざるを得ないが
もはや中心部は人々の身体が互いに密着して物理的に支えあうかたちになり、
足が石畳から半ば浮き上がっている、怒号と悲鳴と体温の塊が膨れ上がる
肩車に乗せた息子の身体がぐったりとおれの頭上に覆いかぶさっている、おれは
息子の身体が背後に落ちないよう、頭を下げてこらえる

酸素が足りない!

菌体のようにコロニーを形成したおれたちはこめかみに力を込めて耐えなければ
ならない、気を失えば群れの底に沈み、踏み殺されるしかない、構造体の一部として
立ち続けること、身体を全体の揺れに委ねながら、圧力に対抗すること、一部が崩壊し、
将棋倒しが始まればおれと息子は死ぬしかない、頭上で
ドン
と炸裂音が響き渡り、冬と夜が終わる
漆黒の天蓋が割れて欠片は大気圏の外へ飛び去り、
静止軌道上で点火された人工の太陽が正午を告げる
いっせいに降り注いだ光によって生じた地表のわずかな温度変化が
系全体のパラメータを夏の軌道に跳躍させ、吹き始めた強い風が
広場へ酸素を送り込む

おれと息子はともに青空を見る

動脈血が鮮やかな朱色に染まる
人々はふたたび外側へ広がり始め、思い思いに散り始める
おれの頭上で息子が指さした方向には海がある
氷山の割れた塊が海面に落下するにはまだ早いが
白い水しぶきの柱は濃紺の空へと届くだろう
息子を肩車に乗せて歩くのはこれが最後になる