選出作品

作品 - 20170807_276_9827p

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ニレの木でハトが鳴いているんだね

  阿怪

本を閉じた
それから身の回りのものや
家具類を
すべて売り払った
その金で細かい借金まですべて精算し
当面の食費と交通費を残した
田舎のあばら屋は風通しのよい
道場の
ようになった


雨戸と玄関を開け放し
庭を掃いた
井戸から水を盛大に汲み上げて
座敷と縁側を雑巾がけした
パンツとシャツを手で洗い
昼に乾くのを待って
裏山へでかけた

滝の水は冷めたく頭も心臓も胃袋も
凍るようだった
信仰心もないのに、なみあむだぶつを
唱名し、瀑布にうたれた
滝壺からあがり
三十年間使ってきた菜斬り包丁を研いた
水面から反射する光がまぶしく
目眩いがした

夕方、イノシシでも一撃で倒せるほどに
磨き上げた菜斬り包丁を縄で巻き
腰にさげて
下山した
途中、村のコンビニで
オニギリと即席麺と缶詰を
買った

それから三日間、十帖の居間に座して
過ごした
腹が減ると缶詰や即席麺を食べ
夜になるとそのまま横になって目を閉じた
星や月の光も虫の音も
慰めにはならなかったが
熟睡した
最後の日も爽やかに目覚めた

注文した新調の夏服上下が
新しい帽子
新しい靴と一緒に
届いた
菜斬り包丁を丁寧に新聞紙で包み
懐に忍ばせると
わたしは出かけた

我が家から
600キロほど離れた地に遠いむかし別れた
恋人が住んでいるという
そのことを
最近彼女が出した詩集で知った
たいそう評判になり新聞でも取り上げられた
本はずいぶん売れたそうだ
そのひとの住む町のバス停に降りると
鄙びた宿をとって早めに眠った

明け方
案内を乞うて玄関戸をあけると
彼女は暗い上がり框の床板に正座していた
まるでわたしが来るのをずっと待っていたかの
ようだった
「やっと、ですね」と
彼女はいった
わたしは懐から包丁を取り出すと
目にも止まらない速さで
彼女の心臓を刺し串いた

一瞬で絶命したようだった
唇を強く結んで悲鳴もあげなかった
わたしの両肩を掴んでいる手をはずし
刃を引き抜くと
噴き出した血がわたしの顔に散った
手ぬぐいで彼女の顔の汚れを
きれいに拭きとってやり
髪の毛を整えてやった

それから、「まるでコリーみたいに」走って
地元の小さな警察署に出頭した
署内は大騒ぎになり
現場へ急行した刑事がすぐに戻ってきた
わたしは
その場で現行犯逮捕された
留置場へ続く厚い扉が背後で閉められると
それまで戸外でぐーぐーぽーぽー
と苦しそうに鳴いていた鳩の声が
とつぜんやんだ