選出作品

作品 - 20170331_781_9523p

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セパレータ

  紅月


いつも日没は反覆だった


ごみ箱に弁当の中身を捨てる
箱の中
散らばった白飯が造花のように咲き
今朝解凍された惣菜がぽろぽろと転がる
(それだけしかないから)
誰にも見つからないようにすっと
西日の差す教室を後にした
あかるい放課後


校庭でふざけあう子供たちのなかに
ひとつだけ人形が混じっていた
鐘が鳴っても帰る場所がわからないの
と 口を固く閉じたまま彼女は言う
あざやかな喧騒が足元を浸し
グラウンドはひどくぬかるんでいたけれど
傍聴席に座っている神様には
あまり影響はなかった


車窓から眺める風景
乱立するビル群
そのあいだからかすかにのぞく稜線
小刻みにうごめいている黒点たち
どれもが形式ばったあやうさを湛え
映るすべてがモノクロに見えた
色を告げるための比喩はとうに擦りきれ
会釈だけが車内にからからと反響しては
こみあげる嘔気に
からっぽの中身を吐き散らかした
ここではないどこか
どこかではないどこか
散らばった臓物が造花のように咲いては
一人分の隙間に丸まった私たちは
どこまでも水平に運ばれていく


緋色の空を切り分ける高架
血液の流れはたがいに平行をたもち
都市はいきものの真似事をつづける
あざやかな喧騒から次々と水は溢れ
やがていびつな流れとなって
指し示すばかりの都市の骨格を飲みこんでいく
逆光のふかくに滲む魚影
潜行 いまだあかるい落陽のさなか




   横たわってばかりいる母の
   枕元にたかく積まれた新聞紙はいつも
   遠くの国に住むだれかのことを語ります
   わかる言葉で書かれているから
   まるでほんとうみたいでした
   たとえば
   銃撃 という記号
   母のからだはひとりで抱えるにはあまりにもかるく
   こぎれいに小分けにされた惣菜を
   毎朝母は解凍し箱詰めします




澱みに沈んでいく部屋のなかで
巻きあげられた新聞紙が蝶のように水にあそび
血塗れのタオルが国旗みたいにはためいている
泳げない母の口からは小さなあぶくが漏れて
それは私の知らない言語だった
切り裂かれた肉片や野菜
たくさんの不揃いな訃報が投げこまれ
撹拌されていくつくりものの箱の中で
なにひとつ交差しないという暴力


そうして神様は
水没した世界をごみ箱に捨てた
かつていきものだったものが
箱の中に散乱してつめたくなっていくのは
とても叙情的でうつくしいこと
なのかもしれなかった
(それだけしかないから)
西日が差す教室
窓の外の景色はすべてモノクロで
なにかに喩えてやりすごすのはとてもむずかしい
ごみ箱の蓋をそっと閉めると
ちょうど下校時間を告げる鐘が鳴り
校庭では顔のない人形たちが
命がけの銃撃戦を繰りひろげているのが見えた