選出作品

作品 - 20161110_823_9255p

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


夜酔落下

  祝儀敷

夜に独りで酒を飲んでいると
たまに座った体勢のまま落ちていくことがある
空気椅子の形をして
四次元にいるかのよう
椅子をすり抜け
床をすり抜け
どんどん下へと落ちていく
ほろよ酔いのなかで
私は流れていく地層を眺める
コンクリートの土台の下には
粒荒い砂があり
滑らかな粘土もあり
時代ごとの歴史を映していて
褐色の範囲で地層は
虹色に変幻し続けていく
たまに化石も現れる
億年の時を超えて私に見られていることを
暖かい季節に生きた彼はよもや気づかないだろう
積み重なった色々なものを
ウイスキー片手に鑑賞しながら
滑るように落ちていく
空気椅子の体勢でも辛くはないが
するすると流れていく景色に酔ってくる
土の層は豊潤すぎだ
ただでさえ酒を飲んでいるのに
もはやサイケデリックな茶色のコマ送りフィルムは
私の脳をぐるぐるにするには十分すぎる

遥かなる時の堆積に飽きてきた頃になると
地層はぷつりと急に終わる
そこからはさらに長い地獄の風景だ
地獄は全体が赤黒く
一体どこが光源なのだろう
山沼や亡者たちが見られるぐらいには明るい
今まで土の中を通り過ぎていた私だが
地獄は巨大な空間で
天と地はあまりに距離があるから
眼に映る景色の変化はゆっくりすぎて
静止しているかのよう錯覚する
しかし優雅に浮遊しようにも
針山には悪人が刺さり
血の沼には罪人が溺れ
気持ちのいい眺めではない
やはりどうも居心地は悪く
やけになってか
地獄では酒がすすむ
まずい肴を横目に
強めの水割りウイスキーを
ぐびぐび飲んでいく
元々あまり強いほうではないので
私はここでどんどんと
酩酊へ近づいていく
血垢が巡る奈落の底で
酔い酔い視界がぐるりと回る
阿鼻叫喚を下目にごくりと
どんどこなんだかわからなくなる
意識がアルコールで満ちていく

居心地の悪さにウイスキーを飲み干した頃には
もはや正常な意識を失っていて
ふらふうらふらと身体を揺らしながら
ただただおぞましい地獄を落ちていくばかりだ
既に視界もぼやけ
ぐじゃぐじゃな亡者も見えにくくなっている
そうやって酩酊の最中に
ふっと地獄の底へ辿り着き
そこさえもすり抜けて
脳が酒に浸りながら
地下へ地下へ地下へ地下へと
朦朧なまま
落ちていく

最後の最後にはいつも
世界の一番下にある
「真理」のところへと到着する
真理は大きくて光っていて眩しくて
その横を私は落ちていくのだが
酔いの極まった私は
いつもその真理に対して
自分のことだが理由はわからない
何かしらの暴言を吐くのだ
呂律はまわらず
支離滅裂で
だけど激しく怒鳴って
酔っ払いの説教を
真理へとぶつける
しかし真理は聞いていないのだろう
そのまま神々しく輝き続けて
万物の最終地点で君臨する
とてもとても眩しい
落ちるにつれて近づいて
私は目がくらむ
視界が光で真っ白になる
それでも私は毎度よろしく
何かを大声で叫び続ける
空になったグラスを片手に
酩酊の中で

次に意識があるのは
いつの間にか自宅へ戻ってきてからだ
落ちたのになぜ椅子の上へ戻っているのだろう
条理が通らないことではあるが
それを言ったら地獄やらなんやらも同じだ
ただグラスは空なので
ウイスキーを飲み干したこと
それだけは確かなのだろう
独り酒なんてあまり楽しいものではない