電話が鳴っている
誰からの連絡なのかは
わかっているのだけれど
どうにも体が動かない
呼び出し音は途切れず
そのまま肌寒い朝を迎える
そしてもう眠れる夜は来ない
なぜなら
一日中あなたのことを
考えているからだ
※
あなたは約束を守れず
必ず遅れてやってくる
蝶々結びを結んだ先は
怪我ばかりしている小指で
季節は相変わらず
暑さと寒さを繰り返すばかりだった
待っているのではなく
ここから動けないだけで
指切りはほとんどあって
ないようなものになっていた
ねえ、ここから早く
どこか遠くに行こう
そう思った瞬間
蝶々結びはほどける
※
わたしとあなたは
とても歌が上手だった
ドからドまで正確な高さで
いつまでも平行線を
辿ることができたし
お互いの音色は
手が届かない場所まで
絡むことができた
あなたの喉を少しなでたとき
太陽がようやく
雲間から顔を出して
夏が来たことを知る
ねえ、ここからどこにも行かないで
そしてもう一度
蝶々結びを結び直す
※
あなたが走っている音がする
どこを走っているかは
わからないけれど
音がするということは
もうすぐここに
到着するに違いなかった
怪我をした小指に
新しい皺が刻まれたとき
満月がようやく
雲間から顔を出して
運命が動いたことを知る
その間にわたしは
まばたきを繰り返しながら
愛してるに満たない
子供じみたメロディーを
生ぬるいベッドに浮かべて
訪れたばかりの夏を見上げた
※
ずっと鳴っていた呼び出し音は
手に持っていた受話器からだった
電話をかけていたのはわたし
あなたがとなりにいるのに
気がつかずに呼び続けて
そのまま暑苦しい夜を迎えた
そしてもう目覚める朝は来ない
なぜなら
このまま一晩中あなたと一緒に
夢を見続けるからだ
選出作品
作品 - 20160630_278_8916p
- [優] 夏 - 熊谷 (2016-06)
* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。
夏
熊谷