とおるの祖母は 大連のおかる
村でおかるばあさんと呼ばれた日
昔日の面影双眸にひそめ
巾着のような口もとを文句ありげにとがらせて
ぜんそくの激しい発作の間も
長キセルを手放さなかった
大連を引き上げ
縁組した養子に嫁を迎え
とおるが生まれた
とおるは
あおい形のいい頭と
澄んだ眼をしていた
小児麻痺で
片足をしゃくるように引きずって歩いた
村の外海に砂利船がきて
クレーンで作業した日
子どもと 守りをする年寄りが
防波堤で見物した
突如
鶏の鳴くような絶叫がこだました
とおるが海に落ちたのだ
わたしは
海に落ちたとおるも
その救いあげられた様子も見ていない
ただ
島を背景にしてクレーンの黒い腕を斜めに突き出した砂利船と
なにかを烈しく呪いながら
防波堤を端から端まで狂ったように走る
おかるばあさんの姿と声を
記憶しているばかりだ
おかるばあさんはとうに逝き
四国の大学に学んでいたとおるが
海に落ちて死んだ
自慢の愛車で自分から落ちていったのだと
とおるの祖母は
大連のおかる
とおるは
あおい形のいい頭と
澄んだ眼をしていた
選出作品
作品 - 20160530_096_8853p
- [優] とおる - fiorina (2016-05)
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とおる
fiorina