二つ年上の姉は雷を異常なほど怖がった。雷鳴が遠く轟く夜や激しい雷雨の夜には、夕食の後かたづけをしている母親の代わりに、近所にある塾まで私が姉を迎えに行った。
「ふう、結局濡れたー」
追ってくる雨と雷鳴を閉め出し、濡れた手のひらで濡れたおでこをぬぐう。
「あんたはいいね、怖いものなくて」
姉が言った。
姉は地元の大学へ進学し、二年後、私は東京の大学へと進学した。
アルバイトばかりして実家に帰らない。浮いた金ができたと思ったら一人旅に出てしまう。そんな私をうらやましそうに、あきれたように姉は言う。
「あんたは自由でいいね」
私は雷はさほど怖くない。けれども背後から迫ってくるバイクの音の次に、松林の上を吹く風の音が怖い。耐えきれなくなって駆ける。家の近くまで。
珍しく里帰りする私を「夏休みで暇だったから」と駅に迎えに来た姉。今にも降り出しそうな雨に、クレージュの黄緑色の雨傘を持っている。
互いによく似た顔が微妙な表情になる。
…… 色ちがい 。私はひと月前に買ったばかりのクレージュの黒い傘を腕にかけていた。東京を出たときは雨だったのだ。
選出作品
作品 - 20160310_129_8678p
- [佳] 雷雨と雨傘 - 鮎 (2016-03)
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雷雨と雨傘
鮎