選出作品

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佐藤くんちのたまごがけごはん

  

僕が住んでいる町は、少し変わっていて、町全体で、ひとつの 「食堂街」 のようになっているんだ。
すべての家の、どの家族にも、それぞれに得意とする料理があって、その料理名も、表札と一緒にかかっている。電話帳にだって、このように載っている。( 日本太郎 住所 電話番号 にくじゃが )。

この町の住人は、週に1度は必ず、よその家族の“家”が得意にしている料理を、自由に選び、家族で食べにいくことになっている。そして、よその家族の家の人に、自分の家族の家の得意料理を、食べてもらうときは、心を込めて、ふる舞わさせてもらえるよう、努力しないといけないんだ。
料理はすべて無料で、必ず5日前には、お互いに相手の家と、その家族に失礼がないよう、予約をしたり、承ることが、何よりも大切なマナーになっている。昔々から、町が守り続けている、この風習は、今では無形文化財に指定されていて、街並みの中心には、町と保存会が運営している、文化博物館と、小学校や大学が、ババーンと聳え立っているんだよ。

でもね、近頃はイタリアンとか、ステーキとか、ラーメンとか、そういう異国の料理が流行りだから、もともとの日本食から、異国の料理に鞍替えする家がとても多いんだ。このまえも、友達の小松君が、地面を見つめながら言っていた。
「ごめん、ほうれん草のお浸しから、ほうれん草のソテーになった。」

僕の家の得意料理は、「たまごがけごはん」なんだ。僕の家では、この、たまごがけごはんを、先祖代々受け継いできている。 お墓参りにいっても、石碑には、これ見よがしに、『 元祖たまごがけごはん 』 って彫り刻んであるからね。
「今さら墓を建てかえる金なんかない!」
って、お父さんはいつも言っているし、 僕たちは汗だくになって、ピッカピカになるまで、墓石を磨き続けなければならない、 だって、僕の家は、たまごがけごはん一筋だからね。 これは仕方がないことなんだ。
でも、実際のところを、 シー!静かに。
コッソリ言わさせてもらうと、今どき、わざわざたまごがけごはんなんか、食べにくる人なんていないんだ。
「食べるものがなかった時代、たまごは栄養満点の高級食材だったんじゃ。」
おじいちゃんは、朝のおつとめがおわったあと、しょっちゅう、たまごの話を、誇らしげにするんだけど、喋りはじめると、お経よりも長くなるんだ。昔はうちの家でも、たまごがけごはんを食べにくる人で、行列ができていたらしいけどね。

先祖代々受け継いできている たまごがけごはん を、町の人たちに食べてもらうことが、めっきり減ってしまった僕たち家族が、ごちそうになる料理の家も、この数年、だんだんと質素なものになってきている。 世間体を気にして選んでいるつもりはないと思うけど、今は、豆田さんちの 冷奴 が5週もつづいている。 豆田さんの家族は、みんな優しくて、善い人だから、ほんとゴメンナサイというか、仲良くしてもらっているんだ。

もうすぐすれば春休み、校庭の花壇や、畦道、道端にも、色んな草花が芽吹きはじめているから、ふわふわ浮かれた気分で、家に帰ってきた。家族のみんなは、目を皿のようにして電話帳を見ているよ。お母さんが、受話器の下を手で隠しながら、肩をすぼめて電話をかけはじめた。

「もしもし、海老名さんのお宅ですか?ご無沙汰しております、 香ばしく焼いた フ、フロマージュ・ド・テット豚のゼリー寄せ〜 の佐藤です。実は、今週の土曜日、海老名さんの エビフライ を、ご馳走になりたいと思いまして。 え、タマゴガケゴハン?。 こ・・香ばしく焼いた、フッ、ブ、豚の寄せてっとゼリー の佐藤になりましたですけど・・、はぁ、はい、そうですねぇ・・ぇえタルタル?!。 あ、ありがとうございます、5人です、ありがとうございます、お世話になります、よろしくおねがいします。」

お母さんが受話器を置くと、チン と静かに音がした。みんな示し合わせていたように、僕の顔を見てニッコリ。 もー! こっち見なくても聴こえてるよ。土曜日は僕の誕生日、エビフライ 大っ好物、 しかも、タルタルソースが付いているなんて。
外の空気が吸いたくなったので、裏庭で、なんとなく町を眺めている。 ほうれん草の小松君に、なんて説明しようかな? ハァー、まだ少し、息が白い。

あれ、にわとりが、死んでる
うわあああああああ、おじいちゃんも、死んでる