1
真っ直ぐな群衆の視線を湛える泉が
滾々と湧き出している
清流を跨いで
わたしの耳のなかに見える橋は 精悍なひかりの起伏を
静かなオルゴールのように流れた
橋はひとつ流れると
橋はひとつ生まれて
絶え間なく うすく翳を引いて
川岸に繋がれた
度々 橋が風の軽やかな靴音を鳴らして
街のあしもとで囁いていると
あなたは 雪の結晶のように聡明な純度で
橋のうえから
ひきつめられたアスファルトの灼熱のまなざしを指差して
「砕かれた石の冷たさは 一筆書きの空と同じ色をしていた」
(人は言うだろう
(過去が 垂直の心拍を一度だけ
(小さな掌ににぎる あまのがわをめざした と
それに飽きると ときには 暑さをしのぐ
陽炎の風鈴を並べて
わたしを
赤い蜜月の夢のなかで浮かぶ しなやかな欄干に誘う
誘われる儘に 橋を渡ろうとすると
あなたは 冬に切り出した花崗岩の巨石を積んだ
瓦礫船を横切らせる
とりわけ 翼のように広がる波は
いっしんに みずおとを わたしの胸に刻み付けるが
一度も 波たつことはなく
悠揚な川は すでに みずがないのだ
ふるえながら 戸惑っていると
乾いた頁が剥がれて 題名を空白にした詩行の群が
交錯する河口の風のように
わたしを吹きつける
心地よい 湿り気が聴こえる
あれは 熱望だったのかもしれない
槍のように胸を刺した 約束だったかもしれない
フクジュソウの花が
わたしの身体を足元から蔽い
一面 狂おしく咲いている
2
愁色の日差しが川面を刺すように伸びて
眩しく侵食された山を
父の遺影を抱えてのぼった
その抱えた腕のなかで
わたしが知る父の人生が溢れて
暖かい熱狂と 冷たい雨のふるえが
降下する
滲む眼のなかに 黒く塗りつぶした
五つの笑顔を束ねれば
遺影に冷たいわたしの手が やわらかく
喰いこんでくる
青い空は、望まれなくても
そこにあった
望まれたとしても――
季節を間違えた向日葵の群生が
右に倣い 左に倣い
つぎつぎと 花を咲かせている
3
落陽を忘れて――
青い空
朝顔の蔓が 空をめざす
生をめざす 死をめざす
本能をほどいて 十二の星の河を渡る間に
抑えられない曲線をのばして
石の思想を弓のように折り
狂いながら
シンメトリーの道徳的な空白を埋めている
やがて 若さを燃やし尽くして
流れる血が凍るとき
底辺だけの図形的な土に馴染み
跡形もなく 身体をかくす
それは――
植物は 人の欲望に似ている
朽ちていった夕暮れで飾る終焉も
すべてを見届けて 飛び立つ梟も
ふたたび 朝の陽光とともに佇む 黎明が
いっせいに芽吹くとき
渇望する書架の夢は
途切れることなく
みずのにおう循環を
永遠のなかで描いているのだ
その成り立ちに 死という通過点は
あの稜線に沿って放つ
ひかりの前では 一瞬の感傷なのだろうか
花壇が均等に刈られた家では
喪中を熔かして
家族が死を乗り越える午後に
鳥さえも号哭して
すべてのあり方が 過去のなかの始まりを見据えている
その行為は 死者のために有るのでは無い
――説明的な文脈がすぎる
庭――
勢い良く若さを空に向けている
あかみどりのつらなりに
白い波が 断定の傷を引く
椿 金木犀 さざんかの木が包帯を巻きながら
包帯を切る 訃報の鋏は
庭のすべてのときを繋いでいる
新しい空に向けて
気高くりんどうが 一輪 生まれた
選出作品
作品 - 20150928_139_8329p
- [優] 花について三つの断章 - 前田ふむふむ (2015-09)
* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。
花について三つの断章
前田ふむふむ