選出作品

作品 - 20150907_734_8301p

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閉じた場所

  


 壁

コンクリートの高い壁に囲まれた道を一輪車で走っている。行き止まりまで行ってみる。見上げるほどの高い壁。行き着く手前でスパンと右の壁が切れているのに気づく。車輪の向きを90度変えて曲がる。

壁の道は遠く真っ直ぐに続いている。壁の上の空は夕方を思わせる灰色で、雲に隙間なく覆われてはいるがすぐに雨になりそうな気配はない。左手の壁は途切れなく先まで続いている。右側の壁には幾つもの切れ目があり、曲がれば違う道がひらけるはずだ。

一輪車はシャリシャリと回りつづけている。いっそ車輪の動きを止めて、じっくり辺りを観察してみようか。そんな思いが幽霊のように頭をかすめはするが、足の回転を止める命令を脳は出さない。進むのはごく自然なのだ。気がついたら漕いでいた。




 部屋

結局僕は真っ直ぐに走っている。一輪車をクルクル漕いで。必然に身をまかせるのが気持ちよくて曲がる気にならない。

左側の壁に道がないのは、壁の外側が外界だからかもしれない。ならば出口はこの先にあるはずだ。饒舌に思考は回るけれども頭の隅ではわかっている。要するに僕は、真っ直ぐに漕ぎ続けたいんだ。

車輪が急に重くなる。道はいつの間にか沈み込むリノリウムに似た床に変わっている。力を入れて漕ぎ続けて足がだるくなった頃、部屋のように長方形にひらけた場所に出て一輪車を降りた。

部屋には入ってきた入り口とその向かい側に出口があって、いつでもまた漕ぎ続けられることが僕を安心させる。柔らかいソファーに深々と身を沈めると背後の二つの映写機が回り出し、壁に四角く一つの映像を写す。


下るのが好きだった
あの坂の上からの景色が見える
海と平行して走る道路が遠く白くきらめく
鳶がゆっくり輪をかいている
庭には水色と赤紫の西洋朝顔が毎日咲いて
玄関のスロープをいつも大股で登るんだ
乗りこなすことのなかった一輪車が
玄関の隅で錆を浮かせている
白い壁を背景に父と母の姿が見える
横切る手と影がある




 中心

いつの間にか僕は眠っている。夢の中で夢見ている。中心へ中心へと曲がり続け、いつしか雲を貫く太い幹にたどりつく。樹木医のように耳をつけ、流れる水音を聴いている。一輪車はいつの間にかなくなっている。僕はもうどこへも行かない。

目を閉じて、ずっと聴いているんだ。