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作品 - 20150708_259_8182p

  • [優]  #01 - 田中恭平  (2015-07)

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#01

  田中恭平


昼、蜩が啼いていた
今日私は遂に夏を認める
昼、蜩が啼いていた、と、私は日記に記さなかった
だから、昼、蜩は啼いていなかったことになるだろう
しかし私は今日、遂に夏を認めた
明日、もし昨日蜩が啼いていたことを忘れていたなら
そして明日、蜩が啼いたなら
私は明日、蜩が啼いたと認める
わくわくして
少し動機が早くなって、バラバラな扇風機を組み立て
扇風機のプラグをコンセントに差し込み、「中」のボタンを押し
扇風機を、私が信仰しているロック・バンドのフロント・マン
カート・コベインのポスターが一枚貼ってある、
白い壁に向けた
夕方になると、昼、蜩なんて啼いていなかったことになっていたし
しかしまだ遂に夏を認めた私がいたので
抗不安剤カームダンを含むと
多分、昼、蜩が啼いていたので、しっかりと書いておかないと
理由も曖昧なのに、遂に夏を認めた私は
孤独になる
私を、助けて下さい
と祈った
姉の買ってきてくれたフライド・チキンを頬張りながら
「愛しています。」
と、一言だけ、携帯電話のメールに
未だ意味の知れない「愛」という言葉の一語を書いて、パートナーに送った

人参果が欲しくてスーパーマーケットで捜したけれど
スーパーマーケットは全焼していた
全焼したスーパーマーケットは初めて見たので
それが全焼したスーパーマーケットだと気が付かず
真っ黒な灰の瓦礫の上で
ポケットからゴールデン・バット、210円の安煙草を取り出して
別売りのフィルターをつけて火を点けて座った
そして、「人参果、人参果」と呟きつつ、ふらふら
瓦礫のなかをさまよった
水たまりに油が浮いており、虹色に光っていたので
ずっと水たまりの光りを眺めていたら
茶色の毛だらけの野良猫が来て、
水たまりの水を舐めはじめた
懸命に、懸命に、毒を舐めていた

ピアノの音が聞こえ
音楽室に向かうと
ピアノが溶けはじめていた
T先生は、ちらと私に目をやると
ピアノが溶けているのは嘘なんだ、と仰った
確かにピアノは溶けていたので
先生の仰っていることが、私には解らなかった
そのピアノで先生は
正確にエリック・サティのジムノぺティを弾いた
梅雨ですね、
先生に告げると
そんな大雑把な季節把握はしてはならない、と仰った
ここまで書いて私が思慮したことは
私に水平に流れる時間というものは
感情がないということだった
意味なんかない
先生はピアノから離れると
白いくしゃくしゃのコンビ二の袋から
おにぎりを二つ取り出し食べた
感情のないこの時間にあって、おにぎりを頬張っている先生
振り返ると、ピアノはすっかり影になっていた
携帯電話にメールが届いて
パートナーから「私も愛しているよ。」という一文だった
私は少しずつ鬱になりはじめ
或る手段を使って
先生を殺害した
動機なんてない
こころの闇なんてない
動機には興味がない
大体何故
動機が必要なのだろうか
カート・コベインは「魚には感情がないから食べていい」と歌った
先生は殺すことができたのに
私は私自身を殺すことができないでいる


「ハロー、ハロー、どれ位ひどい?」

メロディを反芻しながら
夜の郊外の道をまっすぐ歩いた
精神科で処方された薬をコンビニのトイレで含み
ポカリ・スウェットで胃へ流し込む
遠くパートナーの足音が聞こえてきたと思うと
現れたのはファースト・フードの食い過ぎで
肥満したイエス・キリストだった
トイレの洗面所が備えているスペースで
キリストの鼻筋をガツッと殴った
右側でも左側でも、頬ではなかったので
キリストは混乱しながらその場にうずくまった
洗面所を備えているスペースを抜けて
レジに向かい
ゴールデン・バット二箱
百円のアイスコーヒーを購入した
どうせ地獄へと行くのだ
兎に角、今は煙草を喫って良い気分になろう
コンビニの前に置かれている灰皿に入っている水が
自然ドンドン水かさを増して
ついに灰皿から溢れ
ジー
ジー
蜩の声が頭いっぱい広がった
そう
確かに
蜩は啼いていた