街はずれの小さなアパートに
だれにも会うことを拒み ひとりでさみしく暮らしている男Aがいる
何故かといえば
ひとりで孤独にいると 決して 起こることはないのだが
都会の人ごみにいくと
必ずと言ってよい 奇怪な現象を眼にして
その日は 一日中 震えて過ごさなければならないからだ
友人Aが重い口を開いて 不思議な話をする
初めて起きたのは 二十八の頃 会社帰りの事だったという
頭が削れているほど傷を負い 血まみれになった若い女が
ソフトクリームを頬張る 無邪気な子供の手を引いて
駅前の横断歩道を渡っていたという
あるときは スーパーの前に屯している十代の子供たちを
見ていると 円座して何かを食べている
よく見ると二 三のパックをあけて 豚の生肉を食べているのだ
いかにも美味しそうに どちらかというと
貪っているに近い
別の話では 繁華街のごみの回収置き場で
頸部にナイフが刺さっているままの 蒼白い顔の男が ごみに凭れるように
ぐったりとしながら 低い声で経文を唱えている
見えないのか 多くの通行人は素通りするが
あまりの異様さに その男に近づくと 薄笑いを浮かべた
頻繁に ありえないようなことが続くので
過労のためか あるいは精神に異常をきたしているのか
心配になり 心療内科 脳外科で診察してMRIで調べてみたが
とくに異常は見られず 医師は 過労による一時的な幻覚だろうと
薬を処方してくれた しばらくすれば 幻覚はなくなるという
けれど その後もいっこうに 症状の改善が見られず
あるときは ビルからひとが飛び降りるのをみて
近くに来てみると 道路に叩きつけられて 息絶えていた
だが 大勢の通行人は 誰も気がつかない
死んだ男の顔をみると 自分の顔だったという
Aは 本当におかしくなったと泣きながら話すのだが
その真剣さに わたしはAが気味悪くなり 同時に 気の毒になったが
どうすることもできない
こうして一人でいる方が 精神病院に入れられる心配もないのだから
良いかもしれないし ありきたりの慰めの言葉をいって
Aと別れた
帰りの電車に乗るために ホームまで来ると
電車が来るというアナウンスがある
ふと 前を見ると 線路のむこう側にひとが立っているのだ
何をしているのだろうと思っていると
電車が入ってきて 男の姿を遮った
わたしは 慌てて電車に乗り 反対側の窓をみても 誰もいない
というより そこにはコンクリートの壁があり 電車と壁の間に
ひとの入るスペースはない
もしかして 轢かれたのだろうか でも事故の連絡放送がない
わたしは 確かに見たと思ったが
事故放送もなければ 他の乗客も 何か変わった様子はない
気のせいだったと 無理に自分自身に信じこませて
窓から、壁を怪訝に 見ていた
わたしはAの話を聞いた後だったから この出来事を
錯覚として見たのだろうか
でも 一瞬だが 確かにいた
心のなかでは いまでも間違いないと思っている
もしかすると 無意識にではあるが
不思議な出来事に ひとは 誰しもが 遭遇しているのかもしれない
こんなにも多くの人々が生きているのだから
十分にあり得るだろう
ただ 常識的にあり得ないと思う心理が 無意識的に矯正を加えて
なにもなかったものと思うのだろうか
Aはずば抜けて 頭の神経が鋭敏だから 意識の上でそれが見えるのだろうか
そんなことを考えながら 歩いていると
突然 雨が降ってきたので わたしは常備している傘を
カバンからだして差した
大粒で降る雨のなかを 救急車がサイレンを鳴らして
過ぎていった
選出作品
作品 - 20150414_547_8019p
- [優] 友人Aの心理 - 前田ふむふむ (2015-04)
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友人Aの心理
前田ふむふむ