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作品 - 20150309_601_7958p

  • [優]  嘘つき - 島中 充  (2015-03)

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嘘つき

  島中 充

ガラス戸にぶつかり、足長蜂が死んでいた。
五年生の夏休み、暑くて私はすることもなく暇だった
死骸の前に座り込み、蜂の解剖にとりかかった。
羽を一枚一枚抜き、足をもぎ取り、腹を鉛筆でおした。
私は悲鳴を上げた。
腹を押したため、蜂の針がとびだし指を刺したのだ。
叫び声を聞きつけ、あわてて母が跳びだしてきた。
「どうしたの。」
「蜂に刺された。蜂で遊んでいると、
仲間の蜂が飛んで来て僕を刺して行った。」とへんな嘘をついた。
間抜けな自分が恥ずかしかったからだ。

子供のころ、私は嘘つきであった。
こんな嘘つきで、りっぱな大人に成れるのであろうかと
くよくよしていた。

前を見てカチャ、右を見てカチャ、左を見てカチャ。
私は写真を撮られた。
未成年への酒の提供で逮捕されたのだ。
少年課の刑事が前にふんずりかえり風営法違反だと言う。
私は未成年だと思わなかったと何度も答えた。
じゃ、連れてこようと、
十八才だと言うあどけなさの残る未成年を連れてきた。
私は未成年と思わないと答えた。
お前は金もうけのために未成年に酒を提供したのだ。
どんなことをしても起訴してやるからなと息巻いている。
夜の十一時から朝の六時まで
私は未成年だと思わなかったと答え続けた。
そして不起訴になった。

還暦をすぎ、六十五歳の老人になっても、
私は、やはり嘘つきである。
これでいいのかと
くよくよしている。