選出作品

作品 - 20150213_195_7912p

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(無題)

  池田

ある朝僕はじんじんする頭があまりにもじんじんするものだから、夢の中に置いてきた一握りのタオルを口に押し込みやんわり起きてきた。その時すぐには気付かなかったのだが、実はひざが腰になっていた。

ひざが腰にと言うと、大体3人に1人はこう言う。

「要するにそれって足が短くなったってこと?」

断じて違う。

ひざが腰になるということはそんなシンプルな問題ではない。 例えば人間は起き上がる時に腰に力を入れるものだが、僕の場合はひざに力を入れねばそもそも起き上がることすらできない。

分からないだろう。 こんな説明で分かるわけがないのだ。

ひざと腰が入れ替わったのだろうと勘違いする人も4人に1人はいる。 だがこれも違う。

要するにひざが腰になったのだ。 つまり、ひざは失われたのだ。 そして従来腰だったものも腰なのだ。 故に腰を2つ持ったという表現が最も感覚的には近い。

これは人々が考える以上にゆゆしき事態なのだ。

例えば、従来のひざの機能を取り戻すためには腰であるひざを使ってひざの機能を再現せねばならない。 これを僕は2年間特訓してようやく身に付けた。 つまり立ち上がることができるようになったのだ。

その間、妻の美智子には多大な迷惑をかけてしまったと思っている。 美智子の腰がひざになってしまえばいいと何度も思った。 そのたびに僕は自分の内に潜む悪魔を呪い、竹やぶに転がり込んだ。 竹やぶには見たこともないオットセイがおり、それが幻覚によるものだと気付いては家に戻り美智子に謝り続けた。

多い時で大さじ2杯分の塩を鼻から吸い込み、車椅子の背にもたれかかったままあの世について何時間も思索にふけったり、うがい薬を肛門から注入し、何度もうがいをした。

そんな姿を美智子に見せるのは初めてのことだったし、僕の中の雑木林に火を付けるきっかけにもなった。 山は火事になり、それから嵐が訪れ全てを洗い流し、7本足の奇妙な鳥が静寂を運ぶ。

気付けばひざが腰になってから4年の歳月が経っており、僕はセックスも出来るようになっていた。 セックスの際に使うのはひざの方の腰である。 その方が力を入れやすいことが分かったからだ。 セックスの相手はいつも飼い犬のモロだったことを除けば僕は概ね生活に満足していた。

ある朝、目が覚めると僕のひざから2本の足が生えていた。 腰からは足が生えるものなので、僕にはそれがとても自然なことのように思え、さほど気にも止めなかった。 だが、美智子は違った。

ある日美智子は、

「そんなひざ食べてしまえばいいんだわ。」

と言い、ナイフで僕のひざとひざから生えた足を両方とも切り取ろうとした。 もちろんそれは僕にとってかけがえのない腰であり足であり、そんなことをされてはたまらないから必死で抵抗した。

美智子なんかムカデになってしまえばいいんだ、と思った。

ニューヨークの全てが洪水で失われた時、僕の友人の松原がNHKスペシャルに出演することに決まった。

松原はその放送でニューヨークの洪水に触れ、その後に僕のひざについて見解を述べた。

その日から僕は一躍有名になり、文字通りひざ一本で食っていけるようになった。

時代が時代である。

Youtubeなどでも僕のひざの映像がたびたび流れることになり、しかし、映像だけ見ても僕のひざが腰であることは誰にも分からないので、インチキだのパンくずだのいろいろと言われた。

その内僕はひざが腰であることを証明する必要に迫られた。 妻は相変わらず僕のひざを切り取ろうと毎日ナイフでせまってくる。

そうだ!僕は思いついた。

平野部では雪が降っている。 何が怖いって何も怖くない。