選出作品

作品 - 20150122_733_7863p

  • [優]  昇進 - zero  (2015-01)

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昇進

  zero

昇進の日に丸いものを食べてはいけない。あるいは、昇進の日には誰にも挨拶してはいけない。私が通勤していると、電車の中で誰かが「昇進」と呟いた。するとその呟きはたちまちに感染していき、通勤電車の中の誰もがお経を唱えるかのようにぶつぶつ「昇進」と呟き続け、そこには不思議な音の海が出来上がった。もちろん、人々はそれぞれ本を読んだりスマホをいじったり、やっていることはいつもと変わらなかった。ただ、口元だけが昇進に支配されてしまっていた。結局昇進とは私の身に起こる出来事なので、私もあえて「昇進」と呟いた。すると人々は急に黙り一斉にこちらを向いて、石化したかのように動かなかった。やがて電車は終点に止まったが、私一人だけ降りて、残りの人々は石化したまま電車を降りようとしなかった。
私は会社に着くと、まず服を脱がなければいけなかった。なぜなら、着ている服には以前の地位がどっぷり浸み込んでいるので、昇進の邪魔になるからだ。私はまず自分の裸を昇進させないといけない。昇進は皮膚の上から私の内臓や血液、脳髄や骨格に浸透していくものなのだ。私は社長室の中に通された。社長はけたたましく笑っていた。社長秘書は社長の笑いを丁寧に記録していた。社長の笑いが終わると、社長は私に背を向けた。すると私は社員たちによって地下書庫に連行された。私は過去の文書の紙を縫って新しいスーツを作る作業にその日一日を費やした。日も暮れ、出来上がったスーツを着て地下から上がると、私には辞令が交付された。辞令交付は、非常に整った容姿をした美しいタヌキのまなざしだった。タヌキが私を十分間じっとまなざし続けると、私の文書のスーツはみるみる新しい絹のスーツに変わっていった。私は新しい席に誘導されると、新しい仕事の説明を受けた。私は昇進し、それとともに、社員たちの配属も全くでたらめに組み直された。つまるところ、私は社長になったのだった。