氾濫
1
雨が落ちる 十二月の空の
音のなかに形がある
形は
またあしたと 透明なひかりのなかで
自らいのちを絶ったきみの寂しい眼が
左の肩に
野球大会と 勇んで 碧い空に飛びだして
溶けそうなアスファルトの道路のうえで
ふたたび帰らない時間をつくった
きみの笑顔が
右の肩に 鋭く刺さり
いつまでも わたしだけが生きていると
消せない 冷たい傷として
激しく降りそそいだ
けれど
茫々として ときに明確に
わたしは あの驟雨のなかに
痛みに耐えて
蹲るような恰好をした
薄ら笑いを浮かべる
冷徹な鬼をみる
それが わたしであるということに
気づかないふりをしているのだ
ずぶ濡れになりながら
泣いているわたしと 鬼が 楕円をつくり
グルグルとまわり 対話をくりかえし
そのなかを
わたしという形が歩いている
形のあるときには 音はない
わたしの胸の底辺に
絶えることなく
降り注ぐ雨は
累代の静脈の彼方から
未来にむかって注がれている
しかし 不安定に 震えながら 明るい方角にのみ傾いた
背伸びは
日常という闇に晒されている
わたしの若い裸体を あるいは思考を
少しずつ老いさせて
手鏡でみる わたしの顔の 新しい皴は
言いわけの数だけ
増えていく
気づいて 両手で その皴を
伸ばして
急ぎ 消そうと試みるが 消えるわけがない
それも 言いわけなのだ
音のない雨は 降り止んだことはない
いまにも 明けようと稜線が 赤々と
顔色を上げているのだろうか
わたしが胸を打つ
本に載っている
「朝焼け」という題名の絵画は
夕暮れにしか見えない
誤る眼が刺されるように痛む 難破船のように
わたしの新しい放射状に延びていく路地は
間違いだらけで溢れているのだろうか
止まった心臓の音が
聞えるような夜
指先に 触れてくるひかりが
ぼんやりと 音のない居間に止まっている
緩んだ水道の蛇口が 血液を垂らして
世界を刻んでいる
わたしの臆病な 思索のときが また始まるのだ
2
真夜中 黒い空気の匂いに浸りながら
自転車のペダルを踏む足が軟らかい
薄っすらと 鎖骨が汗をかく
セブンイレブンの 真昼のようなひかりのなかで
コピー機を操る
一枚一枚 わたしのよそゆきの顔が 出来上がっている
背中に 店員の侮蔑した視線を感じながら
少しでも 多くコピーをとろう
そうすれば 当分 わたしは よそゆきの顔を もっているから
原紙の身体を見せないで 歩ける
少しでも明るい方へ
手足をカクとさせたあと
弓のように 空にむかって
背伸びをした
けれど いつまでも
窓のそとは晴れあがっているのに
窓のなかの雨が止まない
もしかすると
わたしは コピーという
原紙と何も変わらない
乱発されて
剥き出しになった 原紙という名の身体であるのかもしれない
セブンイレブンを出て
呼気が 白く昇っていくが
自転車のライトが照らす道は
わたしという原紙のコピーで溢れている
そのなかを
いつまでも四十肩で激痛を感じながら
ふら付かないように
堅い
ハンドルを握っている
喪失
1
夜になったのに
やり残したことを 頭のなかで
プラモデルを組み立てるように考えている
たぶん わたしは死にきれなかったのかもしれない
父が 祖父が 親族が
部屋の暗がりから
物悲しそうにあらわれて
それぞれが 木製のこん棒を持つと
わたしを こなごなに 叩き潰した
おかげで 未明になって やっと 血も肉も骨も
捨てることができた
目覚まし時計が鳴り
眩いひかりが突き刺すように 顔を覆って
わたしは 無理やり起こされる
文句をいうように 陽が射してくる窓を睨み付けても
何かを言い返してくるわけでもない
無言で 生まれているのだ
あらゆるものが
聞こえない絶叫とともに
あかるさは
祝福されているからだろう
でも いつまでも 立ち止まってはいられない
朝 鶏が鳴くと 一日がはじまる合図というが
あれは 死ぬための合図なのだ
朝の洗面 朝の食事から
自分の葬儀の支度のように
段取り良く 一日をやり過ごさなければならない
夜までが勝負なのだが
わたしは 一度として
まともに出来たことがない
2
わたしは 片足を 失くした靴を履いて
ちんばで
街頭を リクルートスーツで歩く
いつも決まった時刻の電車のなかで
既製品の玩具の設計図を
生涯眺めている上司のとなりに座り
一言も口を開かずに
二十年を過ごした
わたしとちんばの靴と リクルートスーツは 限りなく
造化の骨のような 無機質なことばだけになった
「もしもし 失くした片足の靴はどこにありましたか 」
スマートフォンで検索する ことばのなかから
コピーのように両足に靴を履いた
既製品のリクルートスーツを着た
息をしていない
わたしが 溢れ出る
短くなった陽が落ちかけている
ふと
わたしは 両足に靴を履くことを考えていたけれど
思い切って 片足の不便な靴を
脱いでみた
とても新鮮な空気が 肺胞をみたしていく
少しはずかしいが とても身軽だ
きょうは
こん棒をもった先祖はあらわれるだろうか
たぶん ぐっすり眠れるかもしれない
冷たい風に当たりながら
忘れていた
死にきった夜を歩いている
選出作品
作品 - 20150110_547_7840p
- [優] 喪失についての二つの詩 - 前田ふむふむ (2015-01)
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喪失についての二つの詩
前田ふむふむ