選出作品

作品 - 20150107_510_7837p

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名もない、

  少年B

離島の沈む夢を見た。
最後の島民だった老婆が
本土の病院で息をひきとった、
その夜のことだった。

ぼくは名もない外科医だった。

老婆を手術したように
ぼくはその島の縫合を試みた。
本土との結合を切望していたのだ。
老婆の腹を裂く瞬間、
フェリーは島を離岸して、
ぼくは血の海に溺れたのだった。

ぼくは名もない調理師だった。

老婆の遺骨は、
一部は海にまき、
一部はすり鉢で粉々にし、
小麦粉と数滴の海水を混ぜて、
団子になるまでこねて丸めこねて丸め
ぼくはそいつを食ってやった。

ぼくは名もない死神だった。

老婆は島に生まれ
島に育ち
そして本土で死んだ。
病室から海を見ながら
帰りたい、かえりたい、カエリタイ
と合掌して唱えていた。
ぼくは早く死ねばいいのにと思った。
その日は、
メスの切れ味が良すぎたのだ。

ぼくは名もない病人だった。

老婆を食らった日の夜、
吐き気を催して吐いた。
吐瀉物は老婆の顔をしていた。
ばらばらの小さな塊を
ぼくは縫合しようと思った。
胃液の海に浮いていた小さな島、
ぼくは本土か日本か地球か宇宙か。

ぼくは名もない離島だった。