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少年B

選出作品 (投稿日時順 / 全3作)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


名もない、

  少年B

離島の沈む夢を見た。
最後の島民だった老婆が
本土の病院で息をひきとった、
その夜のことだった。

ぼくは名もない外科医だった。

老婆を手術したように
ぼくはその島の縫合を試みた。
本土との結合を切望していたのだ。
老婆の腹を裂く瞬間、
フェリーは島を離岸して、
ぼくは血の海に溺れたのだった。

ぼくは名もない調理師だった。

老婆の遺骨は、
一部は海にまき、
一部はすり鉢で粉々にし、
小麦粉と数滴の海水を混ぜて、
団子になるまでこねて丸めこねて丸め
ぼくはそいつを食ってやった。

ぼくは名もない死神だった。

老婆は島に生まれ
島に育ち
そして本土で死んだ。
病室から海を見ながら
帰りたい、かえりたい、カエリタイ
と合掌して唱えていた。
ぼくは早く死ねばいいのにと思った。
その日は、
メスの切れ味が良すぎたのだ。

ぼくは名もない病人だった。

老婆を食らった日の夜、
吐き気を催して吐いた。
吐瀉物は老婆の顔をしていた。
ばらばらの小さな塊を
ぼくは縫合しようと思った。
胃液の海に浮いていた小さな島、
ぼくは本土か日本か地球か宇宙か。

ぼくは名もない離島だった。


カントリー・ロード

  少年B

さびれたアーケード街では
無表情の老若男女の風景が
謙虚さを装って悪意を刺す。

夕刻に下校する都会男児の尿意は
中央の時計台でついに爆発し、
とぼとぼ徒歩徒歩ドボドボのリズムで
足元の影を長たらしめて、
そこに隔離の気配が充満してくる。
見ているのは監視カメラだけで、
転校まで育った都会の産物。
見上げた先には、
長針短針の錆びついた田舎の遺物が。
ーーッ、ムカつく。

振り返れば情けない足跡だらけ。
都会用のシューズが泣いている。
電柱をキックするも虚しい。
制服半ズボンの裾をしぼって
一滴、二滴、突然の豪雨!
アーチに激しく打ちつけるのは、
故郷からの加勢・都会マシンガン。

煙草屋の犬が野良を演じて吠えてくる。
負けじと吠え返せば興奮が加速し、
濡れっぱなしの田舎衣を脱ぎ捨てて、
四つん這いに雨の街を駆けてゆく。
街の無表情たちは都会犬に驚いて、
途端に人間に還る。一言二言、
異境語は意味不明だった。
噛みついてやったら田んぼ臭がした。
無様に振り払われて境界線を引かれた。
ここからは、オマエ、入れないよ、
と、集団下校の田舎っ子が取り囲む。

頬をつたう一筋の液体
援護射撃はいつしか上がっていた。
きっと髪から滑り落ちたに違いない。
けして、涙ではない。
停戦協定の虹がかかって、
都会犬はそいつを飛び越えてやろうと
また、駆け出した。


ちょんちょん丸

  少年B

おやつのあと
毛糸編みでちょんぼ
バカとどなられたから
ふるえる声で
パカ
とつぶやいた

お昼寝のあと
庭の水やりでまたちょんぼ
ボケっとすんなとたたかれたから
ポケットのあめちゃんなめて
いちご味になぐさめられた

バカもボケも
いやなちょんちょん

いちごは
すきなちょんちょん

イヤならまるめてしまえばいい
パカもポケもやさしいひびき
ちょんちょん丸が、やってくる

お夕飯のとき
おかずをぼろぼろこぼして
ついにほっぺたなぐられて
涙がぽろぽろとまらない

ぽろぽろ、これはかなしいひびき
ちょんちょん丸は、やってこない

明日、ぼくはここから逃げる
に/げ/る

る「げ」に

――逃げられないよ
ちょんちょん丸が
まるくおさめようと
追いかけてくる

誰よりも険しい顔で

文学極道

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