夜の季節の断章
遠くから祭りの太鼓を打つ音が
聞こえてくる
かまくらの灯りが断片的に 沈んでいく空のなかで
浮遊している
その十二月の空が
透明なガラスの水槽のなかにある
ひきしおのような冬の芽が
胎動している水面に
ふるえながら 耳をそばだてると
泡をたてずに
水面は 両耳をつくり
凍える声で
わたしと呼吸をしている
遠く
夕暮れの橋をわたった雁だろうか
風を切るような声が
水面を覆ってきこえてくる
円筒形の器は
水けさを増して
鏡のように映り
顔 なつかしい顔が
あらわれては
滑らかな肌にうかぶ夜に消えていく
眠りにおちそうなわたしは
水にゆれながら
点々と水底に埋めている
顔を追う
やがて
水面まで
水底が切り立ってくると
父の骨を夢中になってむさぼり食う
わたしの顔だけが映っている
(ほんとうの朝焼けは
まだ地平線のむこうだろう
いや そんなものは最初から
来るのだろうか)
一枚の夜霧のなかを
水滴が轟音をたてて 走りすぎると
ゆっくりと
風見鶏が回っている
庭のざわめきが
液状の眠りを さらに深めている
時間は
左から右へといくえの流れをつくり
仄暗い影のなかから
蝋の炎をもった
なつかしい父があらわれて
庭一面 水で充たした水槽に
ひとつひとつ灯りを点していく
おきあがる夜の誕生のひかり
暗闇はからだを
すこしずつ 折りたたみ
葬列をつくり 昏々と眠る
蒸せるような夏を前に
父がせわしなく逝った
そのときから
母は句点のような日々をかさね
なつかしい海鳴りを見ている
母の手を取る
わたしの呼吸は しずかさのなかから
死者の炎に
みずからの
源泉をもとめて
やがて
しじまが鶏の声にみちびかれて
金色を包む仄白いベールをはおると
ゆらぐ水底のなかから
今日も
帰っていく
父を見送っている
もうひとりの 新しいわたしが
うまれている
冬のおわりに
1
喪服を着た父が せまい部屋の隅にいる
悲しいほど
とても暗い場所に
わたしは 気の毒に思い
傍により 声を掛けると
父は顔をあげた
顔をみると
夢中でものを貪る わたしだった
かなり寝たので 夢だったのか ひどく汗ばんでいる
心臓の鼓動は 全身を掛けめぐっていて
ふと 耳をふとんにあてると
今度は 父が階段を上ってくる足音がした
胸が 訳もなく とても痛い
でも ドアは 開くはずがない
父は もう二十年前に死んだのだ
もう あなたの時代ではない
父さん はやく帰ろう とこころのなかで叫んだ
階段をあがる音が止まった
ドアは開かなかった
あたまを動かしたら ズキンと痛んだ
38・5℃の体温計が畳の上に無造作にころがり
渇いた熱がわたしの喉の奥を締めつける
加湿器の蒸気が乾燥した部屋をうるおしている
下着を替えて 冷却シートを貼りかえて すこし落ちつく
体温計を拾い わきの下にあてる
熱は 朝より 下がっていた
そとから母の明るい声がする
おもては 雪が降っているらしい
医者の処方した薬を飲む
母が 階段をあがってきて
氷枕をつくり わたしの汗を拭く 38・1℃
身体が怠いので
少し寝たら 天井が落ちてくる夢を見た
その天井を眺めていると
自然の木のなかにいるようで
家にいることを 一瞬忘れる
窓からは
少しずつ雪の明るさが降ってきて
庭のわずかな風のざわめきに促されてか
年代物の柱時計の音が わたしの鼓動と共鳴している
なぜか嬉しくなり 今 生きていると思う
階下の居間では 慌ただしく 何かが落ちて割れた
一週間前に買った 高価だった
カットグラスではないかと とても気になる
寝返りをすると
三日前から腕がひどく痛い
庭にある
ぼさぼさに覆い茂っていた樹木を剪定したのだ
虎刈りのように
すっきりとしたツバキやサツキは
親しみぶかいものに変わった
壁ぎわを見ると
学生の時に読んだ本が
書棚で整列して じっと わたしを見ている
その知性が醸しだす
冷たい空気は 草のにおいがした
処方薬のせいか
草むらは いつの間にか 暗くなり 見えなくなる
2
オートバイが家のなかを通りぬけていく
晴れていた
昼になって少し暖かくなったので
自転車で買い出しにでた
この街は
昔は 田中紳士服店 七本木生花店 青木ナショナル電気店
飯塚書店 渡辺雑貨商店 五十番ラーメン店などの
個人商店がたくさんあった
速度を落とすと 人ごみの中から
「今日は特別安くしとくよ」
やにわに越中屋鮮魚店の生きのいい客寄せの声が
通り過ぎていく
そして丁字路がある
とても熱気のある商店街であったが
いまは やたらにシャッターばかりが目立っている
昔との違いは
歯科医院 内科医院 鍼灸院 整骨院
ドラッグストア コンビニ スーパーマーケット
介護施設 等ばかりが目立つことだ
きっと街全体が高齢化したので
それに合わせた街になったのだろう
それからもう一つ
カラスが いつも閑散とした通りや
電柱に異常なほどたくさん群れていて
襲ってくるのではないかと
いつも怖くなる
わたしは速度を早める
そしてあの丁字路がある
わたしは度々 そこで悲しそうに蹲っている
紫色の服を着た少女に出会う
今日も一人ぼっちで 寂しそうだ
でも いまだに声をかけたことがない
スーパーで正月用の松飾やお供え餅を買った
帰り際 丁字路 そういえば
ここには小学生のとき クラスで一番可愛い子が住んでいて わたしはとても
好きだった 毎日 その子と話すのが楽しみで 学校に行っていたといっても
良い でも後で その子が 新聞にも載った犯罪者の親の子だと分かり あっ
という間にクラスで噂になったのだ それからは 陰口をたたく子もいて わ
たしは気にしなかったが その子といつものように気軽に話せなくなった し
ばらくして その子は引っ越していった その引越しの日に わたしは耐えら
れなくなり 会いにいったけど とても辛そうにみえて その子に声をかける
ことが出来なかった
それ以来 わたしは 今でもいざという時には ごまかして生きているような
気がする
いまは月極駐車場になっている
その駐車場のなかで寒つばきが咲いていたので
ひと通りはあったが わたしは 構わず 一番かわいい一本を摘んだ
家の小さな花瓶に生けよう
いつもいる少女が 見えなくなっている
帰ったら正月の支度でいそがしい
オートバイが通り過ぎていく
遠のいたり近づいたり
そしていつまでも
エンジン音が聞こえている
3
寝返りをうつと
寒さが 布団の隙間からはいってくるので
身体を丸めて眠ったようだ
眼を覚ましたら
部屋のなかはすっかり暗くなっている
窓は 街灯の灯りが点っている
その灯りで
花瓶が畳みに影を落としている
挿してある紫色の寒つばきの花は 枯れていて
異臭を放っている
階下で物音がする
母のぶつぶつといった独り言がきこえる
たぶん
介護が必要な母が 簡易トイレで用を足しているのかもしれない
雪はいつの間にか
雨に変わっている
選出作品
作品 - 20141206_068_7794p
- [優] 幻想的な日常についての二つの詩 - 前田ふむふむ (2014-12)
* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。
幻想的な日常についての二つの詩
前田ふむふむ