選出作品

作品 - 20141002_162_7684p

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地図に載っていない三つの詩

  前田ふむふむ

眠り

一日中 仕事をして疲れ切ってから
急ぐように
職場に出かけても
そこで 私に出来ることは
只 泥になって眠ることだろう
(すでに そこには仕事は  無いのだから)

家で 手狭な風呂に入り
家族と仲良く晩御飯を食べて
居間でひとり静かに音楽を聴いてから
夜に家に帰ってきても
そこで 私に出来ることは
只 泥になって眠ることだろう
(すでに そこには夜の団欒も安らぎも
無いのだから) 

眠りの中において
遥かオビ川の河口の
ツンドラ地帯の銀色の世界で
魚になって 自由に氷の下を泳いでいる
あるいは 灼熱のサハラ砂漠を彷徨いながらも
偶然 小さなオアシスを見つけた
年老いた駱駝は
驟雨を享ける乾田のように
渇き切った喉をうるおす

そんな 夢の微かな記憶が
白骨となろうとする痩せた鹿を
魂の閉塞から
連れ出してくれるだろうか
(情報に満ち溢れている
       単調な日常の連鎖
ずいぶんと長い間
 わたしはベッドから出ていない)


     
遥か昔
ジョン万次郎がアメリカの地を踏んだとき
彼は全く眠らなかっただろう
新大陸の全てを見るまでは
        




愛の名前

そこは
頑丈な煉瓦で覆われた大きな建物の
浴室なのだろうか
女たちは 嬉しそうに
着ている服をすべて脱ぎ 整列させられ 
冷たいシャワーで汚れ物のように 洗われる
そして 車いすに乗った
数名の黒衣の男の医師に
身体中を舐めるように いたぶられると
あらゆるところから血が流れる
そのように 触診されてから
合格という焼印を肩甲骨の上に押されると
家畜のように
小さな汽船に乗せられた
女たちは
焼印のときの 耳が裂けるような悲鳴以外は
誰も泣くものはいなかった
女たちの船での仕事は 
毎日三度の御粥を啜ることと
シャワーを浴びて清潔にすること
乗船を拒否し 男に鞭で打たれて
気絶した女を介抱すること
女たちを監視ために
汽船に寝起きする男を シャワー室に
誘惑して
こん棒で叩いて 足をつぶし
車いすに乗せること
そして 理由なく 待つことだった
その船は 白い靄に覆われていて
いつもそのなかを漂っている

わたしは 
こうして胸が昂ぶっているときに 
度々 脳裏に浮かぶのだが
そんな女たちを乗せる船をどこかで見たことが
あったが 思い出せない

この冬 雪が降りださんばかりの寒さのなかで
わたしは 気を許した女の 横に寝て 
足を絡ますと
頬が昂揚する女の眼のなかを
剃刀のような鋭さで 
その光景が
出ては 消え また 姿をあらわしてくる
気づかれまいと 
女はつよくからだを寄せたような気がした
わたしは 許すためだったのか
憎むためだったのか 
その剃刀をのみこんで
女のきゃしゃな肩を抱いた

未明の睡魔が襲う 朦朧とした意識のなかで
わたしは 冷静にも 女と はじめて秘密を共有したと思った
女は 確かに頷いたのだ





線路

年に2回の定期的検査で 
胸部のCTスキャンを取るために
大学病院にいった
もう5年目になった
帰りはいつも決まって
柵がないホームのベンチに腰を下ろす
陽が眩しくて後ろをみると
錆びた茶色の線路がある
線路の枕木は腐りかけ 雑草が点々と生えている
一羽のカラスが グアーと鳴いて
線路をナイフのように横切っている
この線路は使われなくなって
どれくらいが経つのだろうか
ホームに降りて
わたしは線路に耳を当ててみた
しばらく じっとしていると
電車の走る音が聞こえる
若い父といっしょに 幼いわたしを乗せた通勤電車が
かすかに遠くで走っている
やがて 糸のように段々と遠ざかっていく

いってしまうのか
言い残したことが
たくさんあるんだ
カンカンカンカンカン
処方してもらったばかりの薬瓶が 粉々に割れた

風が吹いてきて 線路をなぜている
ひとは さびしいと感じるものがあれば
さびしさに耐えられる
線路の横に添い寝する

秋空のひかりをうけて線路はそこにある
たくさんの思い出を詰めて 
取り外すことも忘れられている線路が 
ただあるだけの線路
忘却されたものの死屍が敷いてある

何やら騒がしい
電車を乗り過ごしたのだろうか
いや
ひとつの靴音が大きくなってきた
駅員が こちらの方に向かって
危ないと
大きな声で怒鳴っている
わたしは その声を聞きながして
青い空を睨み付けた