選出作品

作品 - 20140520_027_7459p

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みずのなかのおとうさんへ

  破片

あのね、
父性は遠い星座を象る
α星なんだよ、

幼い頃。
深さの判らないほどぶ厚い入道雲が恐ろしかった。
屋外での遊びを禁じられる台風をこの手でやっつけられないか考えていた。
飲み物はいつでも冷たくて真冬でも温かいものなんて飲みたくなかった。
終わってしまった短いたばこのフィルターに残る味を試していてゲンコツされた。
星が輝いていることをただ煌びやかできれいだと思えていた。
まあるく、やわらかな、じぶんのほっぺが、何よりも嫌いだった。

水位が上がって星を浸す
風が、止まない
あなたたちを追い越して吹く風は
とてつもない熱量で街を乾かした
蒸発した水の行き先は?
ここはきっと宇宙の最下層

見上げれば、
水底が大きな屋根だった

白銀と、濃紺のうねり、
沖から手紙が届く
触れることのできない
熱い筆跡を、いつまでも保存していたね

父よ

今から行く者のために、
天候は悲しげな相貌
まずは言葉を上書きする
言葉が上書きされて
上書きした言葉を水で上書きする

あなたたちはどこで呼吸してるの
液晶の海、可視化処理された素子となって
息吹を手放して、
温度を奪われて、
硬質で密度の高い疑似宇宙の
しがらみの中に瞬き
身じろぎさえ許されない、そんな処で

天候が変わる、また変わる
星々は霞む、
ぶ厚い天蓋に護られて
真空から逃げる
ひとびとの、嘔吐
その吐瀉物で、同胞をたくさん
救い出してきた

父よ

硝子細工の塔の天辺
碧く透き通る建造物から
あなたが飛び降りる
そこは空だよ。
自由落下には果てがあり、
空に殴られて人体は潰れるから
ひとは空に上がっちゃいけないんだよ。

とろ火でゆらゆら
星が煮立って
硝子の表面みたいな
光沢のある宵の下
燻されて美味しい
鮭のぶつ切りを肴にして
あなたはいつまでも、

さかな? 魚?
違う、さかな。肴だよ。
上書きされていく

ここは宇宙の底
なにもかもが乾いた電脳の界面
住んでいるひとはみな
星からの風にやがて斃れる
液晶を泳ぐ光子信号と、
質量を奪われた実体と、
それだけで水も炎も描き出せる場所

底。
ひとつずつ星座が崩れていくのにあわせて、
いくつものα星が落っこちていくのを見ていた
まあるくやわらかなじぶんのほっぺが、
ぼくは、お父さん、何よりも嫌いでした