選出作品

作品 - 20140507_874_7442p

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一枚岩でない

  リンネ

「群人の記憶」

ひとびとは群をなして一方向に走り出す
そしてわたしたちは前方に見える
愚鈍なカメを追い抜く
猥雑なウサギを追い抜く
分裂病質のアキレスを追い抜く
斜視のゼノンを追い抜く

わたしはひとびとの塊のなかで一枚岩でない
わたしはその塊のなかから
しゃもじのような腕をぬらりと生やして
こっそりと、しかし限りなくすばやく、その
カメの愚鈍をもぎ取る
ウサギの猥雑をもぎ取る
アキレスの分裂病質をもぎ取る
ゼノンの斜視をもぎ取る

すなわち
わたしはけっして一枚岩でないのだ
しかしわたしたちは
宵のころ、コンビニの明かりのむこうに
それでも見える北斗七星が
およそ単なる星星のきらめきでないのと同様に
なにはともあれ
何束もの愚鈍な札束である
何本もの猥雑な棒金である
何枚もの分裂病質のクレジットカードである
何刷もの斜視の領収書である

それにもかかわらずやはり
わたしは移動するひとびとの
肉列車の建築ふかくからそっと
なま温かい雲形定規ふうの
ひとまずの裂け目をひらいて
一本のわたしのまっきいろな手頸を
生やそうとしては
仕方なく立ち寄った蕎麦屋で
もう何年も同じしゃもじを捜している

しかしそれも今ではすでに残響である


【註解】



[愚鈍な亀]は、ある日突然に人に飼われ、ある日突然にやはり池に捨てられたところのかわいそうな亀である。その亀はまるで泳げない、愚鈍そのものの亀である。飼われているあいだに泳ぎ方をすっかり忘れてしまったのだと、亀は首を珍棒のように伸ばして弁明するが、ほんとうのところ、亀は猥雑なウサギを見るたびに全身が煮えたぎるように熱くなるのを感じた。しかしそれは全く性的なものではなく、むしろ鋭い嫌悪感によるものであった。何の訳もなく亀の珍棒は憤怒に満ちた。その漲る怒りの気分は身体の端々へと溢れて、亀は硬直した陰茎の如くぎらぎらになった。その日の天候はとても気持ちの良いポエムびよりであった。



[猥雑なウサギ]は、いわゆるところのネット詩人である。たとえば、かれは仕事(このウサギは登録制の派遣社員である)のない日などは自宅近くにあるログハウス風のカフェーに行き、読書などに耽る。そんなときカウンターに置かれた花瓶にささった、頼りなげな青白い薔薇が花弁をぽろりと落とすと、ウサギの胸にたまさかの詩情が湧く。そこでかれはすかさずポエムを練ろうとする。しかし相変わらず何も生み出せないのだ。薔薇はウサギを急かすようにもう一枚花弁を落とすのだが、全くウサギは益々焦るばかりなのだ。それでいて薔薇は花弁を落とす作業を尚もやめないのだ。それでもようやく無理やりのように書きあげた一篇の詩も、註解なしには成立しないような、まったくどうしようもない低劣な落書きであるのに、ウサギはほとんどそれに気づかず、パソコンの前で顔という顔をすべて真っ赤にしてマスをかいている。



[分裂病質のアキレス]は謎かけが好きな法学部の青年である。曰く、

「これは良識のいずれかの基準の下で禁止されているからですか? わたしは個人的にネット詩人を攻撃しません。実際に、わたしはさらに、これらの詩は麺のように吸うだけのこと、彼は良い詩人だと述べているのです。『ディベート』を目的としたコメントのセクションではないですか? それでは命題を出します。

命題1−1 どのようにあなたが詩を聞いていない場合は、あなたが詩を好きではないことを知っているだろう
命題1−2 詩はあなたが詩の夢の人であり、あなたの声が詩に来ていることも見ている
命題1−3 あなたは詩があなたを夢中にさせる詩を愛して、あなたはこの詩が大好きなゼノン

さあ、わたしは再びわたしを愛して歌うわたしのポエムをした、わたしは大量にしたいが、再びわたしを愛し、詩を

けしてチェックアウトしないでください」



[斜視のゼノン]はこの詩を評して、かくのごとく言い放った。

「どどん。ゆどのん。あぐおいんご。んどぽー!ひゅどぽー!ざぱぱぱぱあ! って不意に叫びたくなるくらいの衝動が我が胸に灯されたとしたら、果たしてそのとき僕は恍惚を味わえるのか!? ということとかをやっぱり時折考えてしまうよねこの年になるとね。まあ人間の王国に住む限り仕方のない話だよね。でもこの詩ってさ、結局ぼくらの想像力の範疇を超えないわけじゃない?凡庸凡庸。こうゆうメタ形式にしたって、結局だめなものはだめ。ぼくの前にはたしかにアキレスくんが歩いていたし、アキレスくんの前にはウサギが、ウサギの前には亀がいました。でもあなたはあのアキレスくんの何を知っているというの? ウサギだって亀だって、みんなこっちでは生身の存在なの。わかる?まずあなたはそこから反省しないとだめ。アキレスくん、男色よ。あたしだってそう。うっふん。そんなこと、あなた、なんにも知らないで書いていたんでしょ? やだやだ。だから詩人は嫌い。んもう。読者にしたって、同じことよ…