朝
ベッドを降りて すぐ窓辺に向かうのは ごく自然なあなたの
習わし 目覚めるまぎわの 夢の中で負った新鮮な傷口が春を
染めあげ 「生まれたばかりの幼い蜥蜴に会いたく」は 行く
春の謂われとしては 姑息なもの言い 庭に一輪 咲き初めた
白薔薇に 「おまえを切る」と鋏を入れ グラスに挿したテー
ブルに頬杖ついて見つめていても しょせんは成就しない美と
いうもの 紅茶は冷えていたずらに紅い
昼
河口と雲だけが輝き 突堤の先端では 日傘を傾けるあなたも
あなたが連れたトイプードルも 記憶のように瞬きながら翳る
毛細管が急速に繁茂していく青空 やがて暗黒へとゆらいでい
く青空 水平線が飛沫をあげて垂直に立ち上がり 目盛られる
来し方100年 さらに100年 「戦争は宴だった?」 初夏を思わ
す太陽の下で あなたは質素だった食卓のことばかり思い出す
そこに居たはずの わずかな係累のことも
夕
あなたにとって星は 呼びかけうる最も近しい隣人 窓が閉じ
られカーテンがひかれ そそくさと踵を返すキッチンでは 一
枚の肉が夕焼けのように焼けていく 皿を並べたテーブルの上
では 白薔薇の首が刻々死へと落ちていく 肉の油で汚れた唇
をぬぐい 膝に前肢を掛ける三毛をたしなめ なにより無事を
尊ぶあなたの生活 きょう一日のことを 「あれ?」と こと
もなげに忘れてしまえば 忘れたことはあしたまで見る夢の糧
選出作品
作品 - 20140421_550_7407p
- [優] あなたの春の一日 - 鈴屋 (2014-04)
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あなたの春の一日
鈴屋