色とりどりの火花と
生まれたての瞳がひらく
鳴り響いた大きな音
暗い夜は何だか怖いから
泣くか笑うかしてないと
赤ちゃんは落ち着かないようだった
だいじょうぶ
君はきっと大丈夫と言って
ひだり手を離された
ぱらぱらという音をたてて
輝かしい金色の火薬は散った
こどもが欲しいと言ったあなたが
子供みたいな私の手を
つかんで離して
息苦しく生ぬるい
若すぎた夏の焦げた匂いを
二度と忘れさせないようにして
二度と目の前に現れることはなかった
そうして静かになった夜に
赤ちゃんはようやく
眠りにつくことができた
※
こころに空いた
真っ暗な空間の
その穴からあなたがひとり残って
残業しているのが見える
一通り手術のリスクを
説明し終えた医者は
「元恋人の残業が終わったら
手術を始めます」と言って
承諾書にサインを求めてきた
積もり重なった悲しみに
赤ちゃんはとうとう
眠りから目を覚ましてしまった
そうしてプライドが高い私は
あなたの名前が書かれるはずの
すべての書類に
自分の名前で署名をしてしまった
今すぐ、塞いでほしい
生まれたときから空いていた
心臓の小さな穴を
真っ黒な空間を
※
赤ちゃんは心臓に穴が空いている
という重い病気を抱えていて
あなたは納期が近い
大事な仕事を抱えていた
終電の時間が近づいても
家に帰ることはできなかった
花火を見に行ったのが
結局最後のデートになったのだけれど
あの日よりもずいぶん
髪の毛がボサボサに伸びていた
このままでは手術が始められない
と焦っていたら
「では、あなたの手術をしましょう」
と言って医者は
聴診器を胸にあて始めた
触れたところから焦げ臭い匂いが
診察室に広がっていくのを感じた
「とてもきれいな花火を見たんですね」
と医者はつぶやいた
開いたものはいつか閉じていく
そうして赤ちゃんはまた
眠り始めようとしていた
※
誰もいない過疎化した街の
さびれた観覧車に
赤ちゃんは乗っていた
回転する余命に
あわせるようなスピードで
だいじょうぶ
君は大丈夫と言って
小さなみぎ手を握りしめた
こどもが欲しいと言ったあなたは
残業に疲れ果てて
奇妙な夢を見ていた
海外出張で飛行機に
乗らなくてはいけないのだけれど
チケットをどこを探しても
見つけられない夢だった
あなたは呆然と
飛行機に乗っていたはずの
あなたを想像しながら
夢のどこかで
ひとり取り残されていた
チケットはきっと見つからない
なぜならあの時すべて
あなたの名前の書類は
私の名前に書き換えてしまったのだから
観覧車の向かいには
海が広がり、そして朝日がのぼる
手術は必ず成功することになっている
あなたが乗ろうと乗らまいと
飛行機が空高く飛ぶのと同じように
選出作品
作品 - 20140331_350_7376p
- [優] A whole new world in the hole - 熊谷 (2014-03)
* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。
A whole new world in the hole
熊谷