選出作品

作品 - 20131205_412_7177p

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飛べない時代の言葉から 第一番

  前田ふむふむ

(序奏―――
          




「弦楽奏で
             低音で始まり少しずつ高く

         
一の始まりから――
一の終わりから――
アダージョの笛が
霞のなかからあらわれて
飛び交う梟で埋めつくしている
夜のふところの
世相の有刺鉄線に包まれた街はずれで
花を植え
時間を置かずに
花を摘む子供たちに
生涯を句読点のついた
冷たい断定の刻印をおしている
霧が流れている

  (牛の皮が打ちつけられている
太鼓が連打された――

アダージョの笛は
驟雨が降るなかで 
花にみずをやりつづける少女に 鳴りひびき   
眩しい日差しのなかで
雨傘をさしつづける少年に 鳴りひびき
世界の中心と周縁にむかって鳴りひびき

(言葉のロータリーは迷路になっているから 終わらない

               (間奏――
                  さらにアダージョ
                     ときにアレグロで
                  続ける


「はじめてみる黒い空 
すきまから  
ひかりが放射している草むらのなかを
わたしは 胎児のように包まっていた 」

傍らでは ぼくが焦点のない眼で
スコップをふり
ひたすら穴を掘りつづける
(この穴は きみのチチではない
(無論 ハハではない
(カゾクではない
(きみ自身の生きた証のぶんだけ深く広がるだろう
ぼくは気がついていた
いままで
こころの底から 泣いたことがなかった
こころの底から 笑ったことがなかった
ぼくはふたたび シャベルを持った
(まず きみの一番欲しいものから 埋めていこう
(葬儀場の煙突のなかでは いままでの人生で
(きみが欲した分だけ 燃えていくだろう
(透明な有刺鉄線のなかで 分別ゴミのように
(でも チチが積み木のように伝えてくれた 本当に大切なものは
(あのオーロラのむこうにある 誰もいけない雪原の窪みに隠すのだ
(そっと真夜中に
(誰かがその伝説を捜すまで

気がつかなかったが
いつから眼が見えなくなったのだろう
ぼくは ひたすら見えない眼で 空に向かって何かを叫んでいる
黒い空は その声を聞き取れずに
草むらから 剥きだしになっている 
夕暮れに咲く電波塔を包みながら―――

       太鼓がひとつ打たれた
       そして二つ目
       少しずつ速度を速めて―――

「わたしは 草むらだと思っていたが いつの間にか
揺り篭のようなベットに滑りこんでいた 」

この暖かさ
こうして振り返れば
/ぼくは 喜ばれたのだろうか
/いや 居なくなるのを望まれたのかもしれない
ぼくは親族の死者が行き交う 暗い階段を 
なつかしい顔に見送られながら


           混声合唱
(南無大師遍照金剛 南無大師遍照金剛 南無大師遍照金剛
(南無大師遍照金剛 南無大師遍照金剛 南無大師遍照金剛
(南無大師遍照金剛 南無大師遍照金剛 南無大師遍照金剛
(南無大師遍照金剛



転がりながら落下した
雪原のうえへ――
(湖のように 広々と血で充たした液体の


           管弦楽が鳴りひびき

太鼓が連打されて―――
「アレグロ


ぼくは 見たことのないひかりを浴びて
生まれて始めて
こころの底から泣いた
        /泣いた」泣いた


      連続するフーガ


海鳥が 交錯を描いて舞う 一面 雪原の白
わたしは 河口の岸壁で やさしい姉を待っている
二つあった太陽が 一つ わたしの世界のはてで 燃え落ちた
来ることがない姉を待っている

(失われたプラモデルを
(組み立てるのは止めよう
(部品は 無意識に ぼくが食べてしまっている
(ぼくの好きな赤色は剥がれて
(直すペンキ屋はもういない
(有刺鉄線に絡みついた白鳥は
(飛び去ったのか
(いや 土に返ったのだ

夜明けを見たことがない姉を待っている

(身体を出来るだけ伏せて
(地に耳を当ててみれば
(ぼくが執政官ではなく 夜をさ迷う
(難民であることがわかる

存在しない姉を待っている

(神話のない荒野は
(地の果てまでつづき おびただしい廃墟は
(人もいない 鳥もいない 犬もいない 虫もいない
(そして真夜中で光々としている
(パソコンのなかには
(姉だと名乗る
(偽物の
(新しいすべてがいる

世界のはての 雪原の窪みで
(わずかな欲望の熱が 白い皮膜を這う


遠く
トオク(間奏    )
     「アダージョ


               ―――舌が渇く朝まで


源流から――
世界のはてから――
数えきれない時間を下った
揺り篭のようなボートは
みずを裂きながら
世界の始まりを見て
世界の終わりを 次々と埋葬していった
景色が 目まぐるしく変転する季節を
奏でて
木々が 木々たちのための 混声コーラスを歌いあげ――
小川が
大河を迎えいれて
赤く彩られた血のような午後
ボートに乗ったぼくは
(世界の終わりの空を背景にして
一つ 先端が欠落して鐘のない
百八つの尖塔のある街の桟橋に着く
整列している雨の木たち
アダージョの笛が鳴りひびき――
ぼくは 霞のなかから
白髪を梳かす
よわいハハを連れ添う

       太鼓連打
       「フェルマータ

わたしを見つける――

       「アンダンテ
  
ぼくは わたしは
ハハの手を握りしめる
ハハは笑っている
介護用ベッドから
ゆっくりと体を起こす
もう九十をとっくに過ぎた
やせ細った
冷たい手から脈動が伝わってくる
知らなかったが
太鼓のように
その音には 言葉がある
熱のような言葉だ
そして
水滴のように
自由に身をまかせて
今から詩作を始めるのだ
その言葉を咀嚼するまで

    一時静止


鐘が鳴る
百八つの尖塔の鐘が鳴る


「最初は弱く
     徐々に強く 重々しく
           管弦楽 交響楽がなりひびき
          「アダージョ
         「そして強く

鐘が鳴る
百七つの鐘が鳴っている

耳を劈くように
世界の始まりから
世界の終わりから
               










(音楽用語
アダージョ   ゆっくりと
アレグロ    速く
フェルマータ  長くのばして
アンダンテ   歩く速さで