選出作品

作品 - 20130909_954_7023p

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塩時計には音がない

  るるりら

【記憶の塩漬け】
 



すべての壁は白い  それぞれの壁が白さの中にも蔭を落し
直線で構成された 迷路
一陣の風がふいて 一粒一粒の白砂が
皺やよじれとなり集まり
山となり谷となり
白と 白が宿した黒だけの
道の果ては 無い


原爆資料館の前を通ると
建物の白は 今日も際立っていた
それもそのはず この建築が建造された頃
世界はモダンアートの時代であり
シンプルな 白さを誇った建物 の 
夢をみた


夢の中では屋根のない 白い巨大迷路だった
迷路から抜けると 山や谷や河までもが
すべて 白い世界だった それから私はしばらく
あれはなんであったのかという想いに囚われた
塩だと思った。あの世界には 音がなかった
夢とはおもえぬ質感の世界だった
なじみのある質感だった あの粒子は塩だ
しかも 目覚めた今も
夢の中の地形を明瞭に 想い浮かべることができる
あれは 広島だった

塩漬けの 広島



もう一度、夢にでてきた街並みを確かめながら 広島を歩く。
夢の中では 迷路としてあらわれた建物のあたりを 確かめながら歩く。
ちょっと見ただけでは四角い形にしか見えない建物は ゆるい扇を描いていて
建物の中に訪れた人々に見せたがかっている物が 正面に見える。
原爆ドーム。
建物は、原爆ドームをまっすぐに見ることができるように建築されている
閃光と爆風により このあたりで唯一建物の骨格を残した産業奨励会館
かつて 産業を奨励していた建物は いまでは ガランドウで 
建物中央の円形は光を よく通すカメラのようだ。 

ドームというカメラは そのネガに 
今という時間の空を 焼き続けている 。
いまも 音という音を奪われつづけ 
ドームは 静謐な眼力で 命という命が形をなくした世界を映し続けているかのようだ。


あの八月六日が 来なくとも
平和公園のあたり 中島町という街は 祈りの場所だった 。
寺の多い街で 信心深い人たちの住む地域だったのだ。 
宇宙を 黙読しつづけている塩となった人々
溶けつづけた路
空すら 白く霞み
山も谷も川すらも 白い粒子でできた止まった街

塩時計の中では
放埓な命たちの記憶の塩漬けが そのまま粒子となり 
砂時計の砂は いまも 蓄積されてゆく

【塩回廊】 


海辺にある空港は 霧のため 飛行機は いつも旋回した後に着陸した
丁度 死体に純白なシーツを覆うように
逝く手を はばんでいたものは 放埓な塩の手招き

住んでいた家が壊されて 引っ越しをよぎなくされた女の子が
亀を生き埋めにしてしまったと泣いているが 声は聞こえない
 
想いを黙読する私の耳は 塩で出来ていて
耳の穴には 絶えず塩の粒子が吸い込まれてゆく

誰かの思いを黙読しようとするたびに
この耳は 大気中の塩を この身にひきよせて
耳の形が形成されているようだ  

あ「かめさん かめさん」という思いが聞こえた と思ったら
塩の亀が わたしの目の前の道を 横断している
亀の甲羅も体も 塩でできているから
いつかは また 風に解けてゆくだろう

亀が海を目指している 
それでも ゆくのだね







【海へ】

亀と一緒に
どれほど 泳いだろう
白いと感じていたのは黒だったのかもしれない
しらじらと しらんでいく空に
遠い海ほど しろい海
赤い鳥居が見えた時

心臓が 一発 波打った




水平線から朝日がのぼり
光の道が私を照らす
ヘリコプターの音がする
虫が鳴いている
船が挨拶の音を出す
いろとりどりの色が躍る 救急車が走る 観覧車が回る



わたしの耳が
ちゃんと
騒音も
とらえ はじめた



終らない音は 
ひとつもない 
音 それは命


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