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るるりら

選出作品 (投稿日時順 / 全5作)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


塩時計には音がない

  るるりら

【記憶の塩漬け】
 



すべての壁は白い  それぞれの壁が白さの中にも蔭を落し
直線で構成された 迷路
一陣の風がふいて 一粒一粒の白砂が
皺やよじれとなり集まり
山となり谷となり
白と 白が宿した黒だけの
道の果ては 無い


原爆資料館の前を通ると
建物の白は 今日も際立っていた
それもそのはず この建築が建造された頃
世界はモダンアートの時代であり
シンプルな 白さを誇った建物 の 
夢をみた


夢の中では屋根のない 白い巨大迷路だった
迷路から抜けると 山や谷や河までもが
すべて 白い世界だった それから私はしばらく
あれはなんであったのかという想いに囚われた
塩だと思った。あの世界には 音がなかった
夢とはおもえぬ質感の世界だった
なじみのある質感だった あの粒子は塩だ
しかも 目覚めた今も
夢の中の地形を明瞭に 想い浮かべることができる
あれは 広島だった

塩漬けの 広島



もう一度、夢にでてきた街並みを確かめながら 広島を歩く。
夢の中では 迷路としてあらわれた建物のあたりを 確かめながら歩く。
ちょっと見ただけでは四角い形にしか見えない建物は ゆるい扇を描いていて
建物の中に訪れた人々に見せたがかっている物が 正面に見える。
原爆ドーム。
建物は、原爆ドームをまっすぐに見ることができるように建築されている
閃光と爆風により このあたりで唯一建物の骨格を残した産業奨励会館
かつて 産業を奨励していた建物は いまでは ガランドウで 
建物中央の円形は光を よく通すカメラのようだ。 

ドームというカメラは そのネガに 
今という時間の空を 焼き続けている 。
いまも 音という音を奪われつづけ 
ドームは 静謐な眼力で 命という命が形をなくした世界を映し続けているかのようだ。


あの八月六日が 来なくとも
平和公園のあたり 中島町という街は 祈りの場所だった 。
寺の多い街で 信心深い人たちの住む地域だったのだ。 
宇宙を 黙読しつづけている塩となった人々
溶けつづけた路
空すら 白く霞み
山も谷も川すらも 白い粒子でできた止まった街

塩時計の中では
放埓な命たちの記憶の塩漬けが そのまま粒子となり 
砂時計の砂は いまも 蓄積されてゆく

【塩回廊】 


海辺にある空港は 霧のため 飛行機は いつも旋回した後に着陸した
丁度 死体に純白なシーツを覆うように
逝く手を はばんでいたものは 放埓な塩の手招き

住んでいた家が壊されて 引っ越しをよぎなくされた女の子が
亀を生き埋めにしてしまったと泣いているが 声は聞こえない
 
想いを黙読する私の耳は 塩で出来ていて
耳の穴には 絶えず塩の粒子が吸い込まれてゆく

誰かの思いを黙読しようとするたびに
この耳は 大気中の塩を この身にひきよせて
耳の形が形成されているようだ  

あ「かめさん かめさん」という思いが聞こえた と思ったら
塩の亀が わたしの目の前の道を 横断している
亀の甲羅も体も 塩でできているから
いつかは また 風に解けてゆくだろう

亀が海を目指している 
それでも ゆくのだね







【海へ】

亀と一緒に
どれほど 泳いだろう
白いと感じていたのは黒だったのかもしれない
しらじらと しらんでいく空に
遠い海ほど しろい海
赤い鳥居が見えた時

心臓が 一発 波打った




水平線から朝日がのぼり
光の道が私を照らす
ヘリコプターの音がする
虫が鳴いている
船が挨拶の音を出す
いろとりどりの色が躍る 救急車が走る 観覧車が回る



わたしの耳が
ちゃんと
騒音も
とらえ はじめた



終らない音は 
ひとつもない 
音 それは命


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血管少女

  るるりら

絵の具の声が、はじめて油絵具を手にした少女には 聞こえた。
「恥じるな ためらうな チューブから色を ひねりだせ」
ぬっちょりとした色 それはまるで スライムのよう
油絵具は、水彩とは 似て非なる生き物だ 
みるみる乾くものだから、おもうままには描けない。
苛立ちのせいで 絵の具を たいして使いもせずケースに収めた。

部屋に立ち込めている松油のような匂いでも布団に入ると
おもいのままの夢をみることができることが少女の特技

あかいあかい動脈の血が 身体にめぐっているのを
心に描きながら瞼を閉じた。
眼前に広がる赤い世界が 耳に聞こえる台風後の川のような振動
どどど 鼓動


少女は心臓に行ってみた。
無垢に鼓動し 身体のすみずみに突き進む
ときには丸くなり ときには やわらかいカラービーンズのように
くぼんだりもしながら
血管の中を 流れてゆく
先に進むほどに蛇行しつつ 外界に焦がれる赤いビーンズの意思は強まり
ながれながれて細部までめぐり やがて
青白く細らむ そのさきで蒸散し 身体の外に出て
そして少女は、元いた場所を かえり観た。

人間のような女が横たわり 静かに寝息を立てている
人間と違うのは 身体の胸のあたりから、 ふとい幹が のびており
腕も足も地に向かって伸び
胸のあたりから延びた幹の先からは
数えきれない枝葉が 方々へと伸びている
身体中で
あかい あかるい エネルギーの一粒一粒らが すみずみで脈打っている

のびるたびに光を受けて そしてまた延び
より先端に 実をつける 
晴れがましい 赤く透明な よりスグリ


あれは夢ではない/わたしは 何者なのか/わたしは 赤い ひとつぶだね
布団から飛び起きて
夢の中でみた自分の姿を ノートに急いで描いた。
緑と紫にキャンパスは彩る。いよいよ先端の実を描こうとしたが
チューブの先が 硬化して 色が出なかった。
   がっつりと大地つかんでいた私の身体の色が出せない
やがて、静脈のように毒々しい色の絵が できあがり、
教室の片隅に飾られた。


絵が
夜な夜な 赤い実を増やしているとは、
まだ だれも きがついていない。


ちいさな 三つの声

  るるりら

【こめる】

ちいさな人が ちいさな声でいった
「あさがおは かさ みたい」
くるくるたたんでいる花は かさみたい
雨の日にひらくと かさみたい

ちいさな傘から
ぬーと わたしのほうに出てきた手のひら
あの おさない手は 傘みたい



【ぺこり】

いつからか心の中で 
しかられたときは ぺこりと 言ってきた
おじぎをしながら 二度としませんといいながら

わたしが れんげの花を好きなのは
父さんの つくりかけのブロックの穴に
わたしが根の付いた レンゲのつぼみを 植えても
すこしも しからないで
花が咲くまで 待ってくれたから

ふかぶかと 父さんに おじぎすると
とうさんが「ぺこり」と言って がはがは笑った

今年も田んぼの すみっこで さいている花は
いまでも あまい蜜の匂いがして 
おなかのそこまで その香りを吸い込むと
おながが ぺこり

おもわず あのときの父さんみたいに
わたしは笑う 



【ともる】

さあ みなもとを て ら せ
うたが そこにあるだろう
まぶたを とじて  
はくいきは よせるなみ 
すういきは かえすなみ
みな底を照らせ

ゆめのおくの いちばん
尊い場所の こころの
みな底にあるのは ちいさな唄
わたしを照らす ちいさな声

 


 真赤な太陽

  るるりら






   太陽の匂いが漂うんです
   懐かしいあの土手沿いの道の一画に


   両手から
   はみだしてしまう大きさの
   おおきな亀裂のあるトマト
   とうさんが トマトの真似をして
   「やくざもんのトマト」と言ったのが おかしくて

   七月の風に
   とうさんの くつをはいて
   ぶかぶかな足で かけだして 
   あの庭の あのトマトを
   がぶりと やる

   トマトをみかけるたびに
   トマトの太陽が のぼるんです


境界が無い

  るるりら

風がすこし強まるたびに
指先が
ちりちりする

八月の八つ手の葉に手を伸ばしたはずだった
生きるものの蒸散 水の珠の美しさに触れようとした指
ふるふると ふるえて まるまっていた ちいさな雫に
ふれようとしていた はず

指先が
ちりちりする
朝日が昇り蝉が鳴いていたが
どういうことわりか
わたしの指は ちりちり燃えていル
手をひろげ
風をからだ
体が飛んでいる 
ひるがえり ひろがり
赤だの黄色だのちりちり火の粉が全身を走り
きれいだ きれいに消えようとしている指先のきれいは
溶けて いル

うらんでいルとか いないとかの区別がつかない
なんもかも みさかいなしに飛んでいル
おんどりあすんどりあ いきりたった目をした
真っ黒な入道雲 
中心軸を おちてゆく懐中時計
いつまでも燃えながら八時十五分

文学極道

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