みずの描写
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みずが生まれる
一滴ずつ
その無数の点在は
やがて わずかな勾配ができると
引きつけ合うように集まり
生き物のように流れて しかも
かたちがない
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眼をとじて
ひとたびの微睡みの気分にひたると
みずはさらさらと
ひかりのような
音をたてて
わたしの
はるか内部を流れている
その穏やかさは
やすらぎであり
遠く
胎児だったときの
不思議な
なつかしさが感じられる
その音の抑揚は
出自をかたどる
原景を形づくっている
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みずは
浄化のいしずえである
その流れは
個人の一滴のなみだから
都会の喧騒の濁流まで
わたしが
日常に溜めてきた
負債でできた
こころの汚れた隙間を
砂漠をうるおすように
水位を高め
少しずつ埋めてくれるのだ
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みずは気まぐれでもある
時として
わたしの内部に
隠れている傷口を
発見して
鋭い輝きを放ち
いつまでも
監視するように
留まっている
それは
傷口を不断に
やわらかく包みこみ
冷たく癒してくれるのであるが
同時に
いつまでも澱ませて
少しずつ
腐敗させるのである
そして
わたしがそのことに自覚する頃
あたらしい勾配ができると見るや
すべてを忘れるように
勢いよく
おのれ自身の内部から
撹拌して
きれいに
洗い流していくのである
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みずがはじめる
自由な
そのざわめきがなければ
わたしは自らを
ふりかえることはないだろう
きっと世界を再定義する
高邁な理想も
持とうとしないだろう
それが切望ならば
わたしは進んで
搾り出すような
汗を流すこともあるだろう
ちょうど
在らぬ意志が湧き出るように
みずは
肉体の奥深く
意識の胎盤に
横たわり
途切れることなく
いまも
わたしを生んでいる
みずのなかの空想
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相手があれば
その所作にあわせて
自由にかたちを変えて
自然の意志に逆らわずに
かならず 上から下へ流れる
その潔さ
みずのなかにいると
わたしの透けそうな肉体は
やわらかで 感覚をうしないながら
すこしずつ
みずの性質に溶けている
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みずのなかで
冷たい揺りかごのように
重力に逆らうことなく
なすがまま
身をまかせていると
この地上の重力に抵抗している
わたしの生き方は 自然に逆らう
ならず者に見えてくる
恋人と
街を闊歩している姿は
言うまでもない
うやうやしく 神社にぬかずいて
神に祈るときですら
重力に逆らって
その両手を合わせて
柏手を打つのだ
それがみずのなかではどうだ
ただ みずのなかで
ものを見ることもなく
浮いていればいい
おそらく 水葬は
ならず者の汚名を返上して
自然との調和をちかう
儀式なのだろう
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みずのなかでは
上からあかるいひかりが
ゆれながら降っている
なんとしずかなことだろう
それは死の感覚を帯びている
丁度
棺のなかの落ち着きのようで
今まで生きてきた 過去のあらゆるものが
こころのなかで 俯瞰できてくる
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こうした ゆったりとした
五感を徐々に麻痺させる
みずの性質は
大きな楕円のような
感情の循環をつくり
おだやかな共生を生みだしている
そして
わたしは ここちよく
もう長い間
わたしの意味を
肯定されることもなく
否定されることもなく
みずのなかを漂っている
選出作品
作品 - 20130904_895_7011p
- [優] みずについての二つの詩 - 前田ふむふむ (2013-09)
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みずについての二つの詩
前田ふむふむ