連衆  林 和清
    田中宏輔
FAX興行  自 1992年5月12日
       至      5月24日
○初表
 
発句   発心は月砕けちる夢のうち   和 「旅へのいざなひ」の定座
 
脇     F君には、いろんなものが憑依する。  宏
      この間なんか、電気鉛筆削り器が取
      り憑いちゃって、右の指をガリガリ
      齧り出しちゃったんだ。ぼくがコン
      セント抜いてやるまでやめなかった
      よ。次には、何が憑依するんだろう。
 
三句   電磁場のささなみわたる寒水魚   和 
 
四句   「牛魔王」というニックネームの女   宏 「巨女」の定座
     の子がいた。高校三年の時のクラス
     メイトだ。弓月光の『エリート狂走
     曲』に出てくる「大前田由紀」そっ
     くりの超超超ドブスだった。本人の
     前では、だれも口にしなかったけど。
 
五句   牛の首どさりと天地花吹雪   和
 
折端   ぼくがキリストに興味があるって言   宏
     ったら、友だちがビデオで『奇跡の
     丘』を見せてくれた。パゾリーニの
     映画は初めてだった。画面に映った
     監督の名前をみて驚いた。イニシャ
     ルを逆さまにするとい666になる。
●発裏
 
折立   夏荒野(あらの)身ぐるみの次なにを剥ぐ   和 「賭博」の定座     
二句   「先生、美顔パンツってご存じです   宏
     か」とA君が真顔で訊いてきた。教   
     師が首を振ると、「ぼく、包茎なん
     です」とA君は続けた。教師はさも
     自分が包茎ではないような顔をして
     話を聞いていた。ごめんね、A君。
 
三句   重陽の重なりあやし賀茂(かも)社(やしろ)   和
 
四句   円山公園の市営駐車場入り口近くに   宏 「幽霊」の定座
     公衆便所がある。昔、そこで男の人
     が首を吊ったという話を聞いたこと
     がある。生前によほどウンがなかっ
     たからか、死ぬ前に、ただウンコが
     したかっただけなのか知らないけど。
 
五句   鳥辺野に来てただ坐る雪の昼   和
 
六句   ビートルズのアルバムはどれも好き   宏
     だ。とくに後期の作品なんか、毎日
     のようにかけてる。なかでも、よく
     聴くのは『ホワイト・アルバム』だ。
      "Cry Baby Cry"にタイミングを合わ
     せて、キッスしたりすることもある。
 
七句   唾液かわくにほひや杉の花しきり   和 「異なにほひ」の定座
 
八句   教科書に載ってる顔写真てさ、落書   宏
     きしてくださいって言ってるような
     もんだよね。「鶏頭」の俳人、正岡
     子規って「タコ」にする人が多いけ
     ど、あれは横顔だからで、正面の写
     真だと、「ヒラメ」にすると思うな。
 
九句   ほととぎす聞かぬ詩人も一(ひと)生(よ)なれ   和
 
十句   『そして誰もいなくなった』を久し   宏 「救ひがたいもの」の定座
      振りに読んでたら、吉岡実の「僧侶」
      が、そのなかに出てくる童謡に似て
      るような気がして、林に電話で言っ
      たら、「それはクリスティじゃなく
      て、マザーグースが元だね」だって。
 
十一句   赤子老いてそのまま秋の麒麟草   和
 
十二句   弟がまだ幼稚園の時、いっしょに遊   宏
      んでたら、瞼の上に傷させちゃって、
      ぼくにも同じところに、同じような
        傷があるから、さすがに兄弟だと思
        ってたら、テレビに映った俳優の顔
        にもあって、なんか変な感じがした。
 
折端    雪霰霜霙みな信天翁   和 「信天翁」の定座
○名残表
 
折立     ハインラインなんて好きじゃないけ   宏
     ど、『夏への扉』は文句なしに素晴
     らしい作品だ。コールド・スリープ
     とタイム・マシーンが出てくる恋愛
     物語だ。ぼくにとっては、やり直し
     のきく人生なんて、地獄的だけどね。
 
二句   生前に春ありて水の底あゆむ   和
 
三句   オフィーリアや、ハンス・ギーベン   宏 「寓意」定座
     ラートは、ビタミンCのとり過ぎで
     頭がおかしくなって入水したらしい。
     亡霊の姿となったいまでも、「ビビ、
     ビッ、ビタミン!」と言って、水藻
     や水草をむさぼり喰ってるって話だ。
 
四句   桃の実のうちなる歓喜湧きて湧きて   和
 
五句    『走れメロス』に出てくる、あの王   宏
     様ってさ、自分の息子や妹なんかを
     殺しといて、後でメロスたちの友情
     見て、改心しちゃうんだよね。でも
     さ、そんなに安易に改心されちゃあ
     さ、殺された方はたまんないよねえ。
 
六句   人体のひとところにつねに秋のあり   和 「憂鬱」の定座 
 
七句   また、今日もぶら下がってた。吊革   宏
     を握った手首が。どこから乗ってき
     たのか、どこで降りるのか、知らな
     いけど、だれも何も言わないから、
     ぼくも何も訊かない。そいつは吊革
     といっしょに、ぶらぶらと揺れてた。
 
八句   鳥葬のみな黙しをる雪催ひ   和
 
九句   電話があった。死んだ母からだ。も   宏 「理想」の定座
     う電話はかけないでよねって言って
     おいたのに。いまのお母さんに悪い
     からって言っておいたのに。わかん
     ないんだろうか。自分の息子を悩ま
     せるなんて、ペケ。ペケペケペケ。
 
十句   摩耶マリア夜桜は地に垂れてけり   和
 
十一句  小学生の時のことだけど、学校でい   宏
     じめられたりすると、蝉なんかを捕
     まえてきて、翅や脚を切り刻んだり
     腹部や肛門を火で炙ったりして、そ
     の苦しむ姿を見て、自分を慰めてた。
     仔犬の首を吊ったりしたこともある。
 
十二句  夏草の根はからみあふ墓の下   和 「墓」の定座
 
折端   脚の骨を折り、二年ほど寝たきりで   宏
     祖母は過ごした。祖母の火葬骨には
     黒い骨が混じっていた。生前に患っ
     ていたところが黒い骨になるという。
     ぼくの死んだ妹は精薄だった。家の
     なかで迷子になったまま帰らない。
●名残裏
 
折立   転生のこゑひびき来る夕紅葉   和
 
二句   十年ほども前、飼ってた兎が逃げた   宏 「腐肉」の定座
     ことがある。兎は鳴かないので、い
     くら探しても見つけることができな
     かった。何日かして、普段使ってい
     ない部屋に入ると、死んでいた。死
     骸が腐りはじめた甘い匂いがしてた。
 
三句   汁の実に冬の木霊をあつめけり   和
 
四句   ローソンで買い物をしていたら、カ   宏
     パポコカパポコという異様な音がし
     たので振り返った。舞妓さんがあの
     格好のまま入ってきたのだ。異様な
     雰囲気を漂わせながら、舞妓さんは
     ひたすらオニギリQを選んでいた。
 
五句   われの中にをんな住みゐて花ざかり   和 「呪はれた女達」の定座
 
挙句   生涯、仕事をしなかった父は、情婦   宏
       のところにいる時以外は、骨を題材
        にして、アトリエでグロテスクな絵
     ばかり描いていた。ぼくは、父の書
     斎で、『血と薔薇』を盗み読みした。
     『陽の埋葬』は、父への挽歌である。
	
選出作品
作品 - 20130902_879_7005p
- [佳] 歌仙『悪の華』の巻 - 田中宏輔 (2013-09)
 
* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。
歌仙『悪の華』の巻
  田中宏輔