選出作品

作品 - 20130704_351_6946p

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おいしいお葬式

  深街ゆか


ひろげられた七月十五日
朝刊のおくやみ欄
黒い枠で囲まれた死因のところ
これがわたしのおばあの名前
そう言って指でなぞる
活字から逸れた先の
回転する風車は止まらない
このあたりは絶えず
線香のかおりが漂っている
自然が作り出した
奇妙な多角形を潰せば
そのかおりは
内から外へ、そして街に、都市へ
「喪服が似合う女になったね」と
青白い歯をむき出して微笑んだ叔父さんは
喪服が似合ってなくてかわいそう
喪服が似合うのは生者だけ

 そうでしょ?

深みで雨音を聞きながら
ひかりから遠ざかるおくやみ欄は
読みかけの詩集にはさんで
虫に食われて点滅する
これくらいの意識
ガラスケースに陳列して
値札をつける作業
ループする連想ゲームのように
おばあから、おかあ、そしてわたしへ
紫色の夜に営まれる通夜
ぱちぱちん、と精巧な音をたてて
酒が飲めないわたしのコップに
ソーダ水がなみなみと注がれ

 爆ぜるのはいつも

地球の大きさを基準に営まれている
生物たちの日常メートル
基準に照らし合わせば形を失う
溶けて、液体、黄色いソーダ水みたいな
わたしの肉体、わたしの椎骨
しゅあしゅあ、と消えてゆくところで
あきらめて手をつなぐ
秩序の中を裸足で駆ける
きいろとしろの

 花から花を踏む

たなびくお経のなかで
死装束をまとった女の人
夢で会う人によく似てる
いつもここで菊の花を渡す
新しい機械を埋め込んでも、と
繰り返しつぶやく女の人は
ハセガワトキ子という名前

 わたしあなたの母を産んで

黄色いソーダ水に
浮かべて飲み干した
七月十五日
朝刊のおくやみ欄
やわらかな舌のうえで感じた
透き通るような
甘いと酸っぱい
そのはざまに落下した
夏の独白


ハセガワトキ子の骨が飲みたくて
わたし、メートルを砕く