選出作品

作品 - 20130702_333_6942p

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蒼い思考

  前田ふむふむ

       
     1
                   
凍りつくような寒い夜である
沈んでいく 冬の街灯のひかり
ライトの下 くすんだ羽毛ふとんに覆われた あどけなさの残る 
少女のような女が ビルの脇で横たわっていた 透けるほど白い頬
 凍るかぜがふとんを叩いた 女は冷たい息を弱く吐いて うすく
開いた眼は 遠く来歴をみているようだった 路上で寝る女を見る
のは はじめてだった 未知の感覚を 母に話したら 不幸を呼び
こむから やめなさいと諭された 拒否した母の声から 少女のよ
うな女が流れている 柔らかな乳液のように

     2

雨が降ってきた
冬空がざわついている
こんなとき わたしの安閑を
破って それはやってくる
わたしはいつから薄光に揺れる塔を
意識しはじめたのだろうか
場所は全くわからないのだ
それは存在として
高くいつまでもあった
あの塔について考えることが 
わたしの命題として
いつも手の汗のなかに 狭い眼窩のなかに
あって その感触を忘れないことが
わたしの役割でもあるようだった
その塔のうえには 
無謬性のひかりの場所があって
一本のハクモクレンが
咲いているのだ
わたしは夢中になって
そのことを父に話したが
父は黙って壁のように立っていた
     3

父は家族が買いそろえた
白い羽毛ふとんのなかで
夏を待たずに死んだ
大きなあじさいの絵がかかった部屋には
羽毛ふとんがない以外に
何も変わっていない
たびたび その部屋にある
漆塗りの仏壇に線香をあげると
父がすぐうしろに座っている感覚が
からだ一面にひろがり
ほそい芯で灯っている胸に
父の視線が突き刺さってくる
夕暮れのような視線
心拍が激しく血液を流れて
わたしのからだは 殻におおわれた

     4

雨はやんだらしい
あれから梅雨のまんなかで
泣くのをやめたのだ
夜は静かになり
新しい羽毛ふとんをしいている

仏壇の鈴を鳴らすと
眼の前の
ロウソクが揺れている
そうだ
なぜ飛んでいるのか
わからなかったが
今思えば
あの塔を守るように
あたりを監視する飛ぶ鳥の群れを
もうずいぶんとみていない
毎日 飛んでいた空を 
燃やしているような 
ロウソクが 
やがて消えると
あたりは暗くなり
わたしは 座ったまま
白い羽毛ふとんに包まれて 
眠っていった

     5

背中のほうから 湿った呻き声が聞こえた ベンチで まどろんで
いたわたしは 寒さですくんだ手を口にほおばった 街灯のあかり
が ゆらゆらと眼のなか一面に泳いでくる ビル風がうずを巻いて
くる 禁煙 と書かれた看板が 無機的に貼られた公園で たむろ
している男の浮浪者たちが 鶏のようにたどたどしく動いている 
女が子を産んだらしい 透けるほど白い 少女のような女がタオル
を添えて 赤子を抱えているのだ 柔らかいいのちが 夜の冷気に
ひたり ふるえている なぜだろう 赤子の泣き声が聞えない 耳
のなかで砂あらしが吹いているようだ ひとりの浮浪者が壊れかけ
た電話ボックスで しきりに懇願をしている 他の浮浪者たちはあ
わてふためいている ぐったりと 地面に横たわりはじめた女の湿
った太股が あかりに浮かんでいる 傍らに 脈打つやわらかい白
磁のような赤子 鶏のような浮浪者が見守っている
公園に横づける 無音の救急車

    6

わたしはベンチから立ち 公園の門をくぐった
煌々と昼の顔をしたビルの電灯が いっせいに消えた わたしは大
通りにでて コートの襟を立てた ひとは歩いていなかった 塔の
ようなビルが断崖のように並んでいる でも あのむこうに いく
必要はないのだ それだけは わかるようになった いつからか 
そう思うようになった 少女のような女と赤子が吸う おなじ 空
気がとけて わたしのからだを流れている

耳のおくで ひとつ水滴が落ちた
わたしは寝返りをうった

 白い羽毛ふとんのなかで